【一首鑑賞】母の愛、僕のラブ/柴田葵より

NHKラジオで柴田葵さんの「産まれたらなんと呼ぼうか春の日にきみはきっぱり別人になれ」という歌を知り、こちらの歌集を手にとりました。

開いているとものすごいエネルギーが伝わってきて、序盤から気がつけば頬がゆるんでいました!

せっかくなので、好きだった歌について拙いながらも一首ずつ感想を書いてみたいと思います。



エスカレーターばんばか回る 恐竜のよろこぶときに鳴る背びれたち
柴田葵『母の愛、僕のラブ』より

エスカレーターの動きを恐竜の背びれに喩えた歌です。確かにエスカレーターの動きは見ていて愉快ですし、ギザギザした感触と上下する動きからから恐竜の背びれを持ってきたところが発明だと思い感動しました。(背びれのある恐竜だとステゴサウルスのイメージなのでしょうか?)   「ばんばか」というオノマトペの景気のよさと、恐竜の足音が聞こえてきそうな感じが効いていてとても好きです。これからエスカレーターをみれば「ばんばか」と呟くと思います。


プリキュアになるならわたしはキュアおでん 熱いハートのキュアおでんだよ
柴田葵『母の愛、僕のラブ』より

キュアおでん!熱さとユーモアが伝わってくる言葉のチョイス!しかもキュアおでんが二回出てくる勢いにしびれました。正義感があって情に熱くて庶民的、もしかしたら情に熱いがゆえに優柔不断なところもあり、でも煮込んだ末に最後はしみしみに決めてくれる。そんなキャラクターの妄想がふくらんできます。この歌は以前からTwitterで見たことがあり知っていたのですが同封されている大森静佳さんの文章なども読み、もしかしたらジェンダー的なものも含んでいるのかもしれないなと思いました。可愛らしくてキラキラしたものだけがプリキュアじゃない。おでんがプリキュアだっていいじゃない。(余談ですが、おでんって意外にお店で食べようとすると高いですよね)


海は必ず海だからいい目を閉じて耳を閉じても海だとわかる
柴田葵『母の愛、僕のラブ』より

上記2首が「動」だとしたら「静」の印象の歌です。みんなで行く海、というよりはひとりで海辺にじっと座っている様子が浮かびます。確かに海って全感覚を刺激してくれるような、それでいて感覚を閉じても存在感を感じる不思議な場所ですよね。あらゆる感覚、ひいてはあらゆるものに心を閉じたくなったときにもわかる海の確かさ。だから人は心が辛いときに海に行きたくなるのかもしれません。


きみは私の新年だから会うたびに心の中でほら、餅が降る
柴田葵『母の愛、僕のラブ』より


きみは私の新年、なんてよい言葉なんでしょう。新年という言葉からは、まっさらで澄んでいる冬の空気や、もう少しがんばろうと決意してみる、そんな気持ちを思い起こします。新年そうそう悪いことしようと思う人はいないでしょうし、きっと相手も優しい人なのでしょう。少ししっとりとした上句でこのまましめられるのかと思いきや、餅が降るという下句の意外性に驚きます。神社でお餅を投げている映像を見たことがありますが、あんなイメージでしょうか。お餅が降ってくるところを想像するとすごく幸せな気持ちになりますね。ちなみに餅まきには、厄災を払うという意味合いがあるようです。その意味を知ると、大切な「きみ」を守りたいというそんな歌にも見えてくる気がします。


「あかるいね、性格」「まあね(本当は自分をちぎって燃してるだけ)」
柴田葵『母の愛、僕のラブ』より

人の性格や内面のことは表面上ではわからないものです。その人がしてる行動も楽しくてしてるのか、つらくてしてるのか、状況を観察したり話したり相手のことをよく理解しようと努めないと、どちらかわからないですよね。作中主体は、周りに気をつかって明るく努めようとするそういったタイプなのでしょう。それに対して、明るいねの一言で性格を評価しようとする不躾さや、相手との浅い関係性が31文字にまとめられてる気がします。よく「明るくて太陽のような人だ」と言ったりしますが、この主体は芯から発光してる明るさではなく自分をちぎって燃やしてる明るさなんですね。日々に消耗している主体の幸せを願ってしまいます。


産まれたらなんと呼ぼうか春の日にきみはきっぱり別人になれ
柴田葵『母の愛、僕のラブ』より

こちらの歌集を買うきっかけになった歌。知ると同時にラジオで東直子さんの評を聞いたのでどうしても受け売りになってしまいます・・・

子育てを私はしたことないのですが、子育てに限らず、相手が自分と同じ人間であると思って接すると衝突を生んだりお互いしんどい思いをしますよね。「きっぱり」という言葉から、生まれるまでは一心同体だった母子も生まれた瞬間から別の人間である、そしてそのように育てようという決意を自分に言い聞かせているような強さが伝わってきます。「産まれたらなんと呼ぼうか春の日に」という愛情を感じる叙情的な上句から、下句の命令形の対比がその決意を際立たせていると感じます。将来こどもができたときに心に留めておきたい歌だと思いました。



もちろん、他にもたくさん良い歌があったのですが今回ここまでにしたいと思います。

以上、お読みいただきありがとうございました。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?