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願いを叶えるために

『紅葉鳥を見ると夢が叶う』

そんなまことしやかな噂が某sns掲示板を賑わせたのは、ついこの間のことである。

紅葉鳥、とは聞いたことのない名前だ。そんな名前の鳥はいない。通称だろうか。掲示板には様々な憶測が流れている。その中でも主流になりつつあるのは、秋の深まる頃に現れる真っ赤な羽を持つ孔雀のような鳥という噂だ。

目撃談によれば、それはN谷岳付近の溪谷に生息するという説が濃厚だ。もっとも目撃談も眉唾ものだ。見たと称する画像はどれもこれも加工されており、特定班と称する輩が検証しては口汚く叩いている。

N谷岳はハイキングコースが設置されており、多くの人で賑わう。近くに谷川が流れているがその両岸は流れに鋭く削り取られ崖のように切り立っており、容易に近づくことはできない。川の匂いと音はしても、道筋から眺めることはできない。どうしても見たければ、コースを外れたけもの道を辿るしかないのだが、そんな道は素人には見分けがつかない。人が訪れることのない場所だからそこに紅葉鳥は生息する、という噂は信憑性があるように思えた。

大学4年の秋、僕はゼミ仲間とN谷岳を歩いた。すでに皆内定が決まっており、唯一僕だけが決まっていなかった。焦る僕の気晴らしになれば、とリーダー格の広瀬が提案した。広瀬と広瀬の彼女のユミ、立原、ミナミ、そして僕の5名。

広瀬は僕が落ちた第一志望の商社に受かり、僕が密かに憧れていたユミを彼女にした。立原は銀行へミナミは出版社への内定が決まってる。皆の顔を見ていると焦りはするものの、街を離れた自然の中は気持ちが良かった。この日は美しい季節と仲間との楽しい思い出で終わるはずだった。

雲が多くなり帰ろうとした矢先、広瀬の姿が見当たらない。先に帰ったのかと思いスマホで電話したが通じない。あちこち探しても見当たらない。雨は次第に強さを増してくる。嫌な予感しかしない。

川の浅瀬に打ち上げられている広瀬の遺体が見つかったのは三日後のことである。同時に見つかった壊れたスマホからは谷川を覗き込むような風景が何枚か残されていた。写真を撮ることに気を取られ、足を滑らせ谷川に落ちたのだろうというのが警察の見解だった。広瀬の葬儀はしめやかに行われた。

数ヶ月後。

広瀬の入るはずだった商社に僕は入社した。彼の死による欠員を埋めるかたちで。悲しむユミを慰めるうちに僕らは付き合うことになった。はからずも広瀬の死で僕は望むものを手に入れた。

あの時、僕は紅葉のような真っ赤なものが四肢を広げ谷川目指してゆっくり落ちていくのを見た。あれは何だったのだろう?

真っ赤なパーカーに身を包んだ広瀬だったのか、紅葉だったのか、鳥だったのか。

僕は例のサイトにこう書き込んだ。

『紅葉鳥を見た者は願いが叶う。それは本当だ。』

                                                   (終わり)

*期限が過ぎてしまいました。こちらの企画から着想しました。ありがとうございます。
https://note.com/komaki_kousuke/n/nfb7f6392bf3d?sub_rt=share_pw




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