ショートエッセイ【タニック】

私が育てている多肉植物のタニックが突然喋り出した。とうとう頭がおかしくなったみたいだ。いや、おかしくなっては困る。だから大丈夫、私の頭は正常だ。

学校が休校になって早2か月。ずっと部屋に籠もりっきりだった私はお父さんに「少しぐらい外に出た方が良い」と言われ嫌々ホームセンターに連れられて来た。一時期園芸を趣味にしていた私は折角来たのだから花の苗でも買ってもらおうと思い園芸コーナーへ向かった。そこで出会ったのがタニックだった。多肉植物のタニック。マリーゴールド、チューリップ、ゼラニウムその他色とりどりの綺麗な春の花が並ぶ中、私はタニックを選んだ。決め手は見た目が好みだったから、それだけ。


タニックという名前は多肉植物に音をつけただけ、『円卓』のパニックンに似ているなと思った。『タイタニック』の方が似ているし伝わるかもしれない。まぁそんなことはどうでもよい。


タニックが声を発し始めてから心が軽くなって良く眠れるようになった。一か月前から少しずつ眠れない日々が続いてとうとう平均睡眠時間が以前の半分ほどになった。私はそんな事全く気にもしなかったし、こんな状況下でどうかしない方がおかしいと思っている。それでもタニックのおかげで何かが良くなっている事は確かだった。


タニックには何でも話した。SN Sで友達と会話するのが苦しいこと。オンライン授業で出される課題を溜め込んでいること。家の空気が濁ってきたこと。自粛生活で嫌なことをたくさん吐いた。何より嫌なことは次の日の朝が来てしまうこと。ただ家にいて無駄に消費するだけなのにどうして私の大事な時間が過ぎてしまうのだろうか。タニックは何でも教えてくれた。でも、どうしたら幸せになれるのかはわからないみたいだった。昼に起きて庭に出てタニックと少しだけ話す。そして私は私の一人部屋へ帰る。多分あの頃はこれのためにだけに生きていた。


多肉植物は時々水をあげるだけで生きられる。でも私はおしゃべりしながら毎日毎日水をあげた。そんなある日、水をあげすぎたからだと思う。タニックの葉は水をたくさん含んでブヨブヨになっていた。私はその葉に触れながら触れている手の手首を反対の手でぎゅっと掴む。ドク、ドク、ドク。1週間後タニックは枯れて死んだ。

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