2019年2月23日(土)

埃の原材料を知らないままここまで生きているぞと思いながらベッドの横に置いてある無印の竹製の箱の縁に溜まった埃を見ていた、のをやめてそれで天井に視線を移すと小さい丸が六つあった。そのうち四つは電球が埋め込まれていて壁際のスイッチをスライドさせることで連動している四つの照明の明度を0〜100という数値が刻まれているわけではないがそういう感じで調整できる。で残る二つのうち一つは火災報知器でじゃああと一つはなんだ? というか前からあったか? もちろん前からあるもので、というか私はそちらを火災報知器だと思うまでもなく思っていたのだが、たぶんそこに四つの照明とは別に任意の照明を接続するためのソケットで、なるほど壁際のスライドスイッチの下にある古き良きパチパチ押すタイプのスイッチはそこに接続した照明を制御するものなのだろう。ということに二年半住んでいて初めて思い至った。任意の照明は接続されていないが、もしあったとして、今その灯りが点いていることになっているのかどうか、スイッチを適当に押し過ぎていて知る由がない。いくら押しても二分の一なのだが。いらない家具を出張買取してもらおうと思った、写真を撮ってLINEで送るとおおよその査定結果を教えてくれる便利な時代だった、四枚送ってしばらく待つと一万八千円、一万八千円払えば持っていてくれるとのことだった。粗大ゴミに出した方が儲かる。相対的に。

初めて行われた事項はもう一つあった、家の近くに頻繁に歩いている道があり、家からの出やすさと信号配置の塩梅と考えうる目的地との関係で別段意識することもなく必ず東側の歩道を通っていたが今日は西側の歩道が歩かれた、高円寺に行くと見せかけて中野に行くことにしたためにそういうことになった。いつも外観だけは見えていた西側沿道の老人ホームの名前も初めて知ったがもう忘れた。

雨は無くならなくてもいいから風は無くなって欲しいというか、私の周囲に吹く風を風力発電がある場所に転移するようにして欲しい。風が吹けば桶屋が儲かる、桶屋が儲かると私は簿記の合格を諦める。この週の私は簿記のことしか書いてないが合格証という形に残らないと思われるので、いつかの私がこの日記を見返した時に簿記の受験を創作だと考える可能性もある。

諦めて高円寺で古着を見た、いくつかのパンツを履いたがどうにもしっくり来ない、というか私は本当に濃紺のデニム以外履けなくなってしまったのかもしれない。ファミマのスフレが美味い。

#日記 #エッセイ #小説 #創作

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