2018年12月20日(木)

見る者/見られる者の境界を飛び越える、あらゆる表現媒体のなかでそれが一番得意なのはきっと文章の世界で、例えばビルの4階から私に背を向けて歩いていく人間の顔を見たことにして描写してしまっても映像や絵が付随する媒体ほど違和感は生まれない、いやこの場合は映像で顔を描写するためには私が眼下を見下ろしているという映像を撮った次のカットでその歩いている人物を前から映す必要があるからそもそもそれが矛盾だとは気づかれにくいのか、誰かの視線の先にあるものを映すというのはむしろ映像のほうが不得手なのか、ともかく注意深く読まなければ矛盾を見逃してしまうような書き方もできる、それで直列的に配された直後の文章でその違和感に言及して違和感を表出させることもできる。前言の撤回こそ、あるいは知りえぬ情報をあたかも知っているかのように言い切ってしまえる傲慢さこそ文章の本懐であると思う、そういう文章を心掛けていきたい、そんなことを考えたのは果たして私なのだろうか、そんなことを考えている。
#日記 #エッセイ #小説 #創作

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