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金魚のおもいで

それは とても蒸し暑い夏の日の夜のことだった
ぼくは生まれ育てられたお郷をはなれて
トラックに載せられ 何百里の道を水槽の中で揺られたのさ
生まれたお郷をはなれるのは寂しかったけれども
このさきにひろがる大きな未来
まだ見ぬ人への出会い
新しい人生
おおきな大都会での暮らし
そんな夢を見て 心躍った
トラックに載せられた水槽の中から
大都会の大きな建物が流れていくのがみえた
水槽の中の仲間たちも
みんな目をキラキラさせて お郷の田舎町とは違う
美しい都会の景色を眺めていたよ
ながい旅のあと
小さな神社についたよ
そこで僕たちは たいらな水槽に移されたんだ
ものすごく暑かったけれども
ぼくたちは頑張ったんだ ぼくたちの新しい門出の日だからね
夜になって すごく明るい電気が僕たちを照らしたよ
おおきな太鼓の音やお囃子が聞こえた
人がものすごくあつまってきて ぼくたちを熱心に見つめていたよ
こんなにたくさんの人を見るのははじめてだし
みんな ぼくたちの赤いきれいな姿を熱心に眺めていたよ 
少し恥ずかしかった
ある女の子と目が合ったのさ
それから そのこは執拗に ちいさな紙のスプーンで 
ぼくのことをおいかけてきた
いったいどうしようっていうのさ
一生懸命逃げたよ
けれどもぼくは とうとうその紙のスプーンにつかまってしまった
それからぼくは 小さなビニールの袋につめられて
そのこの手の中にいたよ
そのこは ぼくのことをじっと見ていた
少し恥ずかしかった
でもわかったんだ
この子が僕の新しいご主人様
あたらしい人生を このこのお家で過ごすんだ
きれいな水槽で
このこにみつめられながら
家族に方々に大事にされて
あたらしいおうちはどんなとこかな
わくわくする
早くお家にいこうよ だんだん息がくるしくなってきた
たのしみだよ
けれどもその子は
なかなかおうちには連れて行ってくれなかったんだ
神社の裏のしずかな林の中に
そのこはだれかと歩いていったよ
だれかが熱心にそのこに話しかけていた
しばらくして そのこはビニール越しに顔をちかづけて
ぼくの目をじっとみて言ったよ
じゃあね さようなら 元気でね
それきり ぼくはあのことは会えなかったよ
迎えにきてはくれないまま
神社の小枝にひっかけられた ビニール袋のなかの水は
直射日光にてらされ干からびてしまった
ぼくのことを忘れてしまったのかな

お郷の水槽でこの世にうまれて 四十日目の夏の日のことさ
お郷の水槽で世話してくれたおじいさん お元気ですか
兄弟たちよ みんな幸せにいきてるかい
思ったより 少しばかり短い人生だったけど
いろいろなものを見れたよ
この世に生まれてくる喜びも 哀しみも

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