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『外道の流儀〜若頭は男装の二代目を溺愛する〜』第3話(創作大賞2023漫画原作部門応募作品)

<第3話>

■渋谷道玄坂
車を降りた伊織と、道端の諏訪の目が合う。

伊織「ここにいたのか」

諏訪「……やあ、ヤクザの若頭のお兄さん。久しぶりだね?」

諏訪はパーカーの上に上着も着て、厚着をしている。
ポケットに手を突っ込んだまま、気だるげに首を傾げる諏訪。

凛子<渋谷にいつでもいるゴロツキ、と伊織さんは言ってたけど、彼はどんな人なんだろ……>

伊織「話がある。数日前、我が明鏡会の会長が交差点で死んでいるのが見つかった。何か知っているか?」

諏訪「さあ、どうだったかなぁ……」

伊織「お前が、渋谷で起こったことで知らないことはないだろう」

伊織の問いをのらりくらりとかわす諏訪に、少々イラつく伊織。

車から降りて様子を見ていた凛子の姿を見つけると、諏訪は息を呑んだ。

諏訪「君は、凛子ちゃん……?」

凛子<え、なんで私の名前知ってるの? 今は男装して小野寺凛、てことにしなきゃいけないのに>

うろたえている凛子に近づき、手を伸ばす諏訪。
すかさず前に回り込み、その手を払いのける伊織

伊織「貴様、二代目に触れるな」

伊織の声には答えない諏訪が凛子に話しかける。

諏訪「僕のこと覚えてない? 一年前ぐらい前にここで会って話した事があるんだ。君は大学に行く途中だった」

凛子「え、……あ、あの時の!」

■回想、一年前 渋谷の道玄坂にて

凛子<やばい遅刻しちゃう、あのゼミの教授、厳しいんだよなぁ>

凛子が顔を曇らせながら歩いている。

凛子<あれ、あのお兄さんどうしたんだろう……?>

路地裏でうずくまって座り、両腕をさすっている青年を見つける。

凛子「あの、大丈夫ですか?」

諏訪「……寒い、寒いんだ……」

凛子「え、今日は暖かいと思いますけど。で、でも寒いんですね? どうしよう」

特別寒い日ではなく、凛子は半袖の服を着ている。
しかし顔面蒼白で震える様子に、慌てて近くにあった自販機で温かい飲み物を買う凛子。

凛子「はい、これ良かったら、ホットコーヒーです」

凛子が缶コーヒーを差し出すと、驚いたように見上げて受け取る諏訪。

諏訪「ありがとう。僕は蒼真、君の名前は?」

凛子「私は凛子です」

諏訪「ふふ、こんなに街中に人はいるのに、手を差し伸べてくれたのは君だけだったね
優しい子だなぁ……」

凛子「大丈夫ですか……?」

<私とそんなに歳が変わらなそうなのに、何か事情があるんだろうな>

凛子「よし、今日は学校サボっちゃお。お兄さんとお話ししようかな」

ただ行きたくない口実だが、凛子は諏訪の隣に座る。

諏訪「ふふ、面白いね、君」

熱っぽい瞳で凛子を見つめる諏訪。

■場面転換 現在、渋谷道玄坂

凛子<そして他愛のない話をして過ごしたんだったなぁ>

諏訪「僕はずっとずっと君に会いたかったんだ。
あの日からずっと、君のことだけを考えていたんだよ」

愛の言葉を伝える諏訪に、タジタジな凛子。

伊織「お気をつけください、二代目。
そいつは自分の家に火を放ち、この町一帯を燃やした『宇多川の放火魔』と呼ばれているのですよ」

凛子に耳打ちをする伊織。

凛子「え、この人が……?」


■諏訪の回想 十二年前、諏訪の家の前

諏訪「家に入れてよ、ごめんなさい……! お母さん、お父さん……!」

家の玄関を叩くも、扉を開けてくれない。
小学生の諏訪は、ガクガク震えながら夜の庭で凍えている。

諏訪「はあ、寒い……寒い……」

ふと道に落ちている使い捨てライターを手に取る。
それを見つめ、自分の家に火をつける諏訪。

諏訪「あ、暖かい……」

ニュース番組の画面
<今日未明、放火により辺り一帯が全焼する事件が起きました。
未だ消火活動が続いております。現場近くにいた小学生男子へと事情聴取をしているとのことです>

新聞の記事の見出し
<放火犯は小学生!?><真冬に家に入れなかった、両親の虐待か>
<未成年のため無罪となる>


■場面転換 渋谷、道玄坂

諏訪「……昔の話だよ」

嫌そうな顔をしながら首を横に振る諏訪。
凛子を守るように立つ伊織と諏訪の目が合う。

諏訪「若頭さん。僕はあの日、君たちのところの会長が道で倒れているのを見たよ。
側にいた奴の姿も。ただ、それをタダでは教えられないなぁ」

伊織「……俺と取引をしようというのか」

諏訪「僕に凛子ちゃんを頂戴。それ以外は何もいらないんだ」

凛子「え?」

凛子<こ、この人何を言ってるの?>

伊織「貴様……二代目はモノじゃねぇんだ」

伊織が額に青筋を浮かべ、目を見開く。

諏訪「わあ怖い。じゃあ力づくで貰おうかな」

諏訪がパーカーのポケットの中から、片手に収まる細い棒状のものを取り出す。
瞬間、ごう、と熱気が辺りを包む。

凛子「きゃあ!?」

伊織「……くそ、火炎放射器か」

諏訪「ここで会えたのも運命だ、凛子ちゃん。そんなヤクザさんじゃなくて僕と一緒にいよう。僕が幸せにしてあげるよ、命に代えても」

炎に囲まれ、蜃気楼がゆらめく中、不気味な笑顔を浮かべる諏訪。
周りの通行人から悲鳴が上がり、騒然とする。

凛子「ど、どうしよう! ……熱いっ!」

伊織「大丈夫ですか二代目!」

火の粉が顔に飛んできた凛子を庇うように、伊織が抱きしめる。
背の高い彼に抱きしめられて、驚く凛子。

諏訪「生きてきて初めて僕に優しくしてくれたのは、凛子ちゃん、君だ。
ずっとずっと会いたかったよ。そんな男から離れて?」

凛子「そ、そんな……」

伊織「いい加減にしろ! 二代目、ここでお待ちください」

抱きしめていた凛子をそっと離すと、伊織は炎の中に飛び込んでいった。
凛子が悲鳴をあげる。

間近まで迫ってきた伊織に、炎を放つ諏訪。
顔を腕覆いながら諏訪に近づき、伊織が思いっきり頬を殴りつける。
地面に這いつくばる諏訪。

諏訪「痛っ……はは、君も本気なんだね」

起き上がった諏訪が再び炎を伊織に向けると、上着が焼け焦げて火傷をする。
素早く上着を脱ぎ、諏訪めがけてその火のついた上着を投げる。

諏訪「……うわっ!?」

その隙に間合いを詰め、諏訪の鳩尾に蹴りを入れる伊織。
よろけて唇から血を流す諏訪。

凛子<す、凄い。炎をものともしない早い動き……!>

シャツ姿で血を拭きながら、炎の中で諏訪と対峙する伊織。

伊織「二代目は明鏡会のトップだ。貴様みたいなチンピラが話しかけていい相手じゃねぇんだよ」

目を見開いて容赦なくキレる伊織。

諏訪「……わかった。じゃあこうしよう。僕を君たちの組に入れてくれ。そしたら見たことについて話すよ」

手を打って諏訪が笑顔で話す。さっきまで戦っていたのが嘘みたいな調子。

伊織「……お前みたいな頭のおかしいやつは、うちに要らん」

諏訪「凛子ちゃんのために死ねるなら本望だ。舎弟にでも鉄砲玉でもしておくれ」

うっとりと凛子を見つめる諏訪に、顔をしかめて呆れる伊織。

伊織「馬鹿か。二代目を守るために生きるのが俺たちの使命だ」

諏訪「ははっ、それ格好いいね」

諏訪が楽しそうに笑っている。

諏訪「で、どうするの? 情報ゼロなんでしょ」

伊織「……わかった。明鏡会に入るが良い。幹部の他の三人にも伝えておく」

諏訪「やった! これで一緒にいられるね、凛子ちゃん」

凛子にウインクをする諏訪に、不服そうに髪をかきあげる伊織。

諏訪「当日、僕が見たのは既に会長らしきおじさんが交差点の真ん中で倒れているところだった。でも、そこから離れていく車があったんだ」

凛子「そ、その車は?」

諏訪「六道会の車だったよ。乗ってる人までは分からなかったけど、間違いない」

凛子「りくどう、かい?」

諏訪の言葉に、心底嫌そうに顔を歪める伊織。

伊織「そうか、分かった。……人が集まりだしている。二代目、一旦事務所に戻りましょう」

停めていた車のドアを開け、助手席に凛子を促す。

諏訪「僕も連れてってよ。約束守って組に入れてくれるよね」

伊織「貴様の乗る席は無い。来るなら勝手に歩いて来い」

後部座席は空いているのに乗せる気は無いと冷たく言い放ち、車を走らせる伊織。
後ろの窓から、手を振っている諏訪の姿が見える。


■場面転換 事務所に戻る車の中

伊織「怪我している。大丈夫ですか」

凛子「いや、私より伊織さんの方が痛そうで……」

スーツは焼け焦げて、ところどころ血が滲んでいる。

伊織「かすり傷です」

運転席からハンカチで凛子の頬を撫でる伊織。
頬が赤くなる凛子。

伊織「はあ。それにしても、六道会の奴らが絡んでいるとなると厄介なことになりそうだ」

ため息をつく伊織に、凛子が問いかける。

凛子「そんなに厄介な相手なんですか」

伊織「……まあ簡単に言うと、さっき諏訪で、まだ話が通じる方ですよ」

火炎放射を振り回してた諏訪を思い出して、あれよりヤバいの? と顔を引き攣らせる凛子。

伊織「ご心配なく。そのために俺がいますから。絶対に側から離れないでくださいね」

さっき戦っていた時とは違う、穏やかで優しい笑顔を伊織から向けられる。

凛子<伊織さんの言葉に、恥ずかしくも胸が高鳴ってしまった>

凛子<そして、私はとんでもない抗争に巻き込まれていくことになるーー>


<第三話完>


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