見出し画像

私とくま先輩ー育児グッズ準備

2020年春。

私は人混みを避けるように足早に地下通路を歩いていた。
某感染症が猛威を振るっていて、もうすぐ緊急事態宣言がでるのではないか、とワイドショーが囁いていた。それを見た私はいてもたってもいられなくなった。

デパートに赤ちゃんをお迎えするためのグッズを買いに行きたい。

期末が終わるまで仕事が忙しくて、そういうことをする時間が取れなかったのだ。やっと一段落し、出産準備に集中できるとほくほくしていた。そんな時に緊急事態宣言。
デパートが休業してしまうかもしれない。
ネット通販ではなくて、直接みて触って数種類を吟味したいものがあった。そういうことは店舗でしかできない。
こうやって出歩くこと自体が感染リスクを伴う。それでも、一度しかないお迎え準備を納得できるようにやりたい気持ちが膨らんで、平日昼間、人通りがまばらな時間を選んで忍んで出掛けた。なんとなく、戦場を駈けるコマンドーみたいな気分になった。

そこまでして何を買いたかったのか。
私は売場に到着した。
そこはおもちゃ屋さんだった。

それこそ不要不急でないかいっ!と突っ込む方もおられるかもしれない。
そのときの私にとっては大問題だったのだ。
私は不安だった。
私は赤ちゃんと過ごした経験が、ない。
赤ちゃんと1日中べったりで過ごすとなったとき、いったいお世話以外に何をしてあげたら喜ぶか、皆目見当がつかない。
喜ぶ顔がみたい。でもやり方が分からない。。

だからどうしても欲しかったのだ。
赤ちゃんが喜んでくれそうなおもちゃが。
新米ママの不安を支えてくれる、頼もしいおもちゃが。

「それ、かわいいですよね」

店員さんが話しかけてくれた。

そうですね、オシャレな色でいいなぁ、て。

「そちらも素敵ですけど、赤ちゃんははっきりした色が見えやすいので、他にもこういったお人形もいいですよ」

そうなんですか!赤ちゃんが楽しんでくれるやつがいいので、そちらもいいですね!

「これとか、これとか。。」

これ、この腕のところ、ひっぱるとぶるぶるするんですね。何か赤ちゃんにとって面白かったりするんですか?

「はい、びっくりします!」

びっくり!私は笑ってしまった。
まだ見ぬ我が子がびっくりする様子を想像する。
はじめて触るもの。はじめて手を伸ばすもの。
ぶるぶるっと震える感触をはじめて味わって、目をまんまるにしてくれるんだろうか。

お腹がぽかぽかとしてきた。

じゃあ、これにしようかな。
「手作りで一点一点顔が違いますので、どの子がいいか選んでくださいね」
おお!どの子にしようかな。

しばらく吟味して、私はひとつのくまさんを手に取った。
頼もしきくまさん、いやくま先輩。
私よりも赤ちゃんの扱いに慣れてらっしゃるくま先輩。
あなたがいてくれたら百人力です。

これからどうぞ、よろしくお願いいたします。

かくして私は無事戦場から帰還し、助っ人くま先輩と退院の時に赤ちゃんに着せる産着を手に入れた。

育児グッズって種類がたくさんある。
必要最低限を見極めて、シンプルな買い物をできるのは賢いと思う。
けれど育児グッズってノウハウの結晶だ。
右も左も分からない新米ママに、「こっち、こっちだよ」と教えてくれる。これからどうなるんだろう、と不安で揺れている妊娠中の心を救ってくれる。
結果として産後あまり使わなかったものもでてくるかもしれない。
それでも妊娠中にそれを買って、そのとき「ああこれできっと私は大丈夫だ」と思えたなら。産後が少し楽しみになったりしたならば。それで役割は十分果たしてくれたんじゃないかな、と思うのだ。

ちなみにくま先輩は、娘が生後半年頃まで、プロレスごっこにお付き合いしてくださった。
引っ張るとぶるぶるする腕は、そーんなにびっくりしてなかったけどもね。
今自分で動き回ることを覚えた娘はくま先輩を離れて、私の使うしゃもじや水筒に夢中だ。ぶじ役目を終えたくま先輩を、きっと私は捨てることができないだろう。