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シーソーシークワサー【08 辻占通のサイン】


 暗がりに、遠くの方の電信柱の灯りが、チカチカとしていた。スマホのルート案内には、徒歩3分とあるのに、えらく曲がりくねって細いところを通らせるものだ。充電も少ないのに、その間に宿に辿り着くのかどうかも、わからない。



   ラーメン屋の大将が教えてくれたゲストハウスは、この暗がりの先にあるようだ。用水路か排水路か、川と呼ぶには程遠いコンクリートの無機質な溝が左手に走っている。


 大将は「せっかくやから鹿児島、楽しんだらええのに」と言っていた。心から「楽しむ」ことなんて、この何十年してこなかった。

   いや、それでも、瞬間瞬間、いい思いというものはしてきたのかもしれない。男とはそういうものだと、いつか、生前の母は諦めたように言っていた。実際、そうした喧嘩をしていた姿もよく覚えている。

   何人か彼氏がいたようだが、いつも終わりは母がそうして諦めた瞬間に訪れ、いつしか母の周りには俺以外の男の影もなくなり、その代わりに同じ生業をする女が来ることが増えていた。


「あんた!ええね、ここに相談に来る子には、手を出すんじゃないよ」


 母は、何かを察してか、俺に釘を刺していた。
 いつだったか、それと同じことをいう客が店にも現れた。自称占い師という奇妙な女だった。いや、年齢もわからないから、「女の子」というべきかもしれない。

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