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シーソーシークワサー02【浜風】


 夜明け

 この子に次に出くわすと、厄介なことになりそうだ。


 そう思ったボンドは、吹き荒れる嵐の朝、隣で寝ているナオミを置いてそっとホテルを出た。骨抜きにした初めての客と同じ顔をしていた。ピロートークに時間がかかり、眠りたいのに、ほとんど眠れなかった、いや、眠らせてくれなかったあの子とそっくりだった。

 危機を察し、空港にも向かわず、船着き場をウロウロと散歩したくなり、タクシーを拾った。交通費を節約したいところだが、まだバスの時間まで長く待たないといけないし、「はるみ」という源氏名の体力を、ひと晩で使い果たしてしまい、歩くのも嫌になった。

「ごめん、海の見えるトコまで、走ってくれる?」
「にいちゃん、こんな時間に? ええけど、どこの海? 外地のもん?」
「いや、うちなー。一番近くの漁港かどっかでいいよ」
「そか、わりぃ。こんちかくやと、栗ガ浜、3000円くらいになるけど?」
「ああ、そこか、いいよ。とにかく走って」
「逆向きやけど、フェリー乗り場も同じくらいやけど、山越え。どっちにする?次の交差点来るまでに決めてや」
「ん、オジー、もしかして関西?」
「あ?分かる?」

 バックミラー越しに目を合わせたオジーは、イントネーションに関西弁を残していた。俺がバイトし始めた時に、世話してくれた工場長がそうだったから、なんとなくそうかなと思った。

「ああ、何となく大阪のひとかなって」
「いやぁ、ちゃんと標準語つこてるつもりやったんやけど、長いこと乗ってるとね、いろんな言葉を覚えるし、島言葉にも慣れたもんやった。最初は島に馴染むために、わざと島人のふりしてたこともあったわ。和歌山なんよ、母がね」
「そう……で、フェリーの方にしてくれる?」
「にいちゃん、決めるのはやいね。あいよ」
「直感だけはいいんだ。昔から」

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