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0.日本語を教え始めて15年、日本語は今ブームにあるようだ

二度目のベルギー生活も既に20年以上が経った。同時に、ここで日本語を教え始めて15年が経とうとしている。特に日本語教師になりたいという希望を持っていたわけでないし、私の学生時代には日本語教師を養成するような枠組みすらなかった。従って、日本語教師になるための特別なトレーニングを受けたことはないし、そのための資格に挑戦したこともない。大学院生時代に国際交流基金関係者からお声をかけていただいた時も受けることはなかった。即答だった。従って、自分の母語である日本語については学校の国語教育で得た程度の知識しか持ち合わせていなかった。

そんな行き当たりばったりの人生を歩んできた人間が今現在、外国人を前に怪しげな英語やオランダ語で日本語を教えているのだから世の中わからないものだ。それもこれも、今ある日本語ブームのおかげといえばその通りで、街を歩けば「私はイタチ」だの「呪」だのといった、いい歳の日本人に軽い目眩を抱かせるTシャツに出会うことがよくある。家の近くのスーパーに行けば醤油や海苔はおろか、日本でもお馴染みのパッケージに包装されたパン粉や吟醸酒まで置いてある。WASABIもUMAMIもEDAMAMEもアルファベット表示で流通している。いずれも私が初めてヨーロッパの地に足を置いた1980年代には想像もできなかった光景だ。

私が日本語教え始めた15年前といえば、それはちょうど北京オリンピックを前にした中国語ブームの時代で、成人学校では入学定員枠を超える人々が中国語講座に殺到していた。まさに「猫も杓子も」といった活況を呈していたわけである。今の日本語ブームにあのような勢いがあるかはわからない。日本語を学べる場所が増えたこともあってか、少なくともベルギーのオランダ語地域に限れば、日本語の講座を開講している成人学校では各校毎年1つ、または2つの一年生のクラスを設けることができ、互いに生徒を奪い合うというようなこともなく共存できているといった印象だ。さらにフランス語地域ではフランスからの日本語文化熱を直接浴びることになるので、もう少し熱量が高いように感じる。

大学のような高等教育機関での日本語教育の現状を見てみると、オランダ語地域であるゲント大学とルーヴァン・カトリック大学の日本学科には毎年150名近くの一年生が入学してくる。対する、フランス語地域にはリエージュ大学に日本学科があるほか、ブリュッセル自由大学の博士課程、モンスやフランス語系ルーヴァン・カトリック大学でも学生のための講座が設けられている。日本語熱は若い人の間に確実に広がっていることを感じる。

一方で、現場の実態は傍目に見える広がり方ほどには平坦ではない。ブームに乗ってサッと飛びついてしまう人がいれば、あっさり諦めてしまう人も後をたたないのがこの仕事をしていて困ることである。どこも似たり寄ったりだとは思うが、初めは満員御礼という活況を見せても、一年目を終えることができる生徒・学生は半分程度となってしまうのが現実だ。大学のように大量の学生が登録し、適応できなければ他のことにチャレンジすればいいという考え方で推し進めるなら、どれだけの学生が残るかについても気に病むことはない。大きな講義室で細かいことを考えず、好きなように教えていればいい。しかし、多くの成人学校がそうしているように、最初に一クラス25名程度の制限を設け、最終的に半分に脱落されてしまったとあると、そのクラスは翌年廃止されるリスクがある。結果、立場によっては自身の失業へと繋がってしまうのだ。

この状況の違いを簡単に表現するとすれば、大学では「教えればいい」一方で、教育機関によっては「教えかつ(生徒が脱落しないように)マネージメントをしなければならない」のである。後者にはより複雑な苦労や葛藤があるが、私はベルギーという先進国で、生活のために日本語を学ばねばならない人を相手に教えているわけではない。人伝に聞くところによれば、日本にある日本語学校には私の想像も及ばない別の苦労話があるという。

このnoteはなりたくてなったわけではない日本語教師を、どのようにして「まあ悪くはないか」と思うまでに内面消化していったかについての一人のおっさんの記録である。日本から留学してきた若い人たちからよく聞かれる「どうすれば海外で日本語教師になれるか」といった質問に対する答えは提示しない。そもそも、当初から自分にはそんな熱い思いはなかったし、蓋を開けてみればそうなっていたというだけだ。しかし、この記録を読み進めていけば、読者なりの身の振り方のヒントぐらいは見つかるかもしれない。それは決して最適解などではないと思うが、じっと待っていても何も変わらないという意味で、どこかの誰かさんのきっかけになれるかもしれないし、そうなれば幸いである。



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