【「ゆる言語学ラジオ」水野太貴の疑問(前編)】世界的に著名な心理言語学者・ビオリカ先生に聞いてみた
【「ゆる言語学ラジオ」水野太貴の疑問】ビオリカ先生、AIと人間と言語は今後どうなっていくのでしょうか?
新しい言語を獲得すると、世界を見る目が変わり、人生が変わる――。
世界的に著名な心理言語学者、ビオリカ・マリアンさんの著書『言語の力 「思考・価値観・感情」なぜ新しい言語を持つと世界が変わるのか?』(KADOKAWA)が静かな話題を呼んでいます。YouTubeチャンネル「ゆる言語学ラジオ」で言語学ブームを巻き起こしている水野太貴さんがインタビュアーを務め、言語とは何か? AIと人間と言語は今後どうなっていくのか? などをビオリカ先生にうかがいました。
文=皆川ちか 写真=野口彈
言語が先にあったのか、それとも思考があるから言語が生まれたのか
水野:『言語の力』、むちゃくちゃ面白かったです。語学の新たな価値を説いたという意味で非常に興味深く、刺激を受けました。ビオリカ先生は心理言語学という、現在とても注目を集めている分野を研究されていますが、心理と言語どちらへの興味が先にあったのですか?
ビオリカ:どちらが先か……難しい質問ですね。なによりまず、私は人間の思考に興味があります。そして人間を理解するには言語を理解しなければなりません。人間と言語は、互いに影響を及ぼしあっています。心理言語学の世界では、人は言語なしで考えることができるのか? という議論がずっとされているのですが、言語が先にあったのか、それとも思考があるから言語が生まれたのかは未だ結論がでておりません。ご質問の答えですが、私は(人の)心理と言語、両方に同じくらい興味があるから、心理言語学の道を進んだのだと思います。
実験のアイディアはどう生み出しているのか
水野:心理言語学というと、実験心理学的なアプローチで仮説を検証することが多いと思うのですが、こうした研究をしている知人から「実験の構想力には研究者のセンスがものをいう」と聞きました。ビオリカ先生は様々な実験をされていますが、アイディアはどうやって生みだしているのですか。
ビオリカ:私は読書が好きで、幅広く本を読むようにしています。自分の専門分野だけでなく生物学や遺伝子学、SF小説に詩も好きですね。いろんな分野が重なる交差点のような部分にアイディアは落ちています。それと、やっぱり人と会うこと。誰かとお喋りすることから思いがけないヒントを得ることも多いです。
水野:なるほど。では実験はどのようになさっていますか。
ビオリカ:現在、私の研究室では12件ほどの実験を行っています。いろいろな国の、いろいろな言語を母語とする学生たちと一緒にfMRIや脳波、アイトラッキング(視線計測)を組み合わせた実験を行っています。
水野:12件も同時進行で! 例えばどんな実験を……?
ビオリカ:そのうち1つは、日本語と英語のバイリンガルを対象としたメンタルヘルスの実験です。うつ病や不安、PTSDなど心の問題と言語には関係があるのか、という。私の研究室に在籍している日本人学生がこの実験を行っています。
音楽や数学、詩も言語である
水野:ビオリカ先生は母語のルーマニア語の他、英語、ロシア語のマルチリンガルです。複数の言葉を解する先生にとって言語の定義とは何でしょう。
ビオリカ:私は「言語」というのは言葉だけではないと考えています。音楽や数学、詩も言語であると。言葉は、文字という記号(コード)を使って情報を伝えますよね。それでいうなら音符も数式も、詩の韻文も記号です。ミュージシャンは音符という記号を使って音楽という情報を伝えます。つまり音楽家や数学者や詩人もバイリンガル、あるいはマルチリンガルであると思います。
AIと人間と言語は今後どうなっていくのか
水野:言語とは記号……なるほど。ちなみに先生が現在、最も興味をそそられていることは?
ビオリカ:やっぱりAIですね。ChatGPTに代表されるように、ここ数年で大規模言語モデル(Large Language Models、LLM)は飛躍的に進化しました。少し前までは、私は人間中心主義だったんですよ(笑)でも今はコンピューターが話す、考える言語にも関心が向かっています。コンピューター言語と比べて人間の言語はどのような点が面白いのか? とか、AIに対し人間の知能にはどんな特性があるのか? などに興味があります。
水野:人間とAIを並列に捉えてらっしゃるんですね。たしかに、大規模言語モデルが何語によって学習したのかということと、僕たち人間が何語を母語とするかによって考え方にどんな影響がでるのかということは、並行して考えられることなのかもしれない。今のお話をうかがって、先生の研究はAIの登場で今後さらに違う境地へいかれるのかなと思いました。
ビオリカ:人の思考や脳を研究していくと、自然とAIの方へも興味がいきますよね。現在AIはすさまじい速さで言語を習得しています。けれどAIが人間に代わって通訳をこなしたり、このようにインタビューをすることは、まだまだないでしょう。なぜならAIには空気を読むことができないし、感情の機微が分かりません。そして文脈の違いという非常に微妙なこと・ものを人間のように感じとることができない。その点では言葉を扱う仕事をAIに任せることはできません。少なくとも当面は。
水野:そうですね。
ビオリカ:でも、個人的にAIを使うことにはメリットがあると思います。AIを相手にアイディアを精査したり、ディスカッションするのは脳の運動になりますし。今回お会いする前に水野さんのご本を少し翻訳してもらい、読んだんです。水野さんも私と同じ言語オタクなのだとよく分かりました(笑)
水野:恐れ入ります(笑)ちょっと大きい質問になるのですが、ビオリカ先生には「死ぬまでにこれが解明できたら満足だ」という問いはありますか?
ビオリカ:心理言語学の枠を超えた回答になってしまうのですが、私はこの世界、宇宙の秘密を紐解きたいと考えています。だけど宇宙を構成するコードはあまりにもたくさんあるので、自分が生きている間には解明できないでしょう。人間の思考をもっともっと小さい単位まで、あるいはもっともっと大きい単位まで見るための脳科学のツールが、今はまだ圧倒的に足りない。それがもどかしくてなりません。でも、今できることを精いっぱいやろう――そんなことを考えながら日々研究しています。
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