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男女共同参画白書から「結婚」を考える(2)

1.結婚が減ることは問題か?

 (1)では、男女共同参画白書が指摘するメッセージに加え、結婚したくてもできない人たちが増えていることを改めて確認したところですが、では、このように結婚できない人・しない人が増えることで何か問題があるでしょうか。
 日本の場合、結婚と出産がセットになっているため、結婚が減ることは、すぐさま少子化に直結します(セットになっていることで結婚が促されている側面もありますが)。
 欧米諸国において婚外子が半数以上を占めている国々もあるように、結婚と出産は必ずしもセットでなければならないものではないのですが、日本の場合、婚外子の割合はわずか2.4%(2020年)です。
 さらに、日本は移民政策を(公式には)とっていないこともあり、超高齢社会をむかえている日本にとって、少子化は、労働力の減少、経済成長の停滞、社会保障制度の維持が困難になるなどの状況を生じさせます
 少子化自体が問題かどうかは、国によって、またその時々の事情によっても変わってくると思いますが、少なくとも、日本では、本人の希望の実現とともに、社会保障制度の持続性も踏まえ、あの手この手で、政府や自治体も結婚や出産育児支援の取組を進めているということになっています。
 
 なお、同性どうしの結婚が認められていないのは憲法に違反するとして同性のカップルが国に賠償を求めた裁判で、国側は、婚姻制度の目的を「一人の男性と一人の女性が子どもを産み、育てながら共同生活を送る関係に法的保護を与えること」と主張し、裁判所もこの見解を支持した形となっています。
 このことからも、日本では、結婚支援は少子化対策の側面が強いことがわかります
 
 本当に結婚したい人が結婚できることは望ましいことですが、個人の多様な価値観を尊重する観点からは、こうした結婚支援が、暗に結婚を推奨するものとならないことにも留意する必要があります。
 「結婚することが当たり前」「結婚=幸せ」といったイメージの押しつけは、社会規範となって、結婚を望まない人やできない人の生きづらさにもつながる場合があります。
 さらに、先に述べたように、「結婚制度の目的」が子どもの出産・育児にあることが強調されると、今度は、出産可能性の低い晩婚や子どもを持つ意思のないDINKSの夫婦は本来の結婚の目的に沿わないということになり、このことも生きづらさを生じさせる要因にもなりえます。
個人の多様な生き方を尊重するのであれば、結婚したい人ができる社会であるのと同時に、結婚しなくても、子どもがいなくても、障壁や不平等が生じない社会である必要があります。

2.「結婚」の変遷

 また、現代において、結婚には、愛情と経済が求められることが特徴であるといわれていますが(山田2019)、もともと、結婚が、愛する人とするもの(恋愛結婚)となったのは近代に入ってからです。ここでは、その変遷をざっくりと振り返ります。
 
 近代以前は、主に支配層において、「家」の継承にふさわしい相手との取り決めによって結婚するなど本人の意思のみでは結婚できないことが通常でした。このため、愛情が伴う関係性は婚姻外の相手で満たすことが多かった時代でもあります。
 また、婚姻外の子どもが今より多かったこと、離婚が多かったことは白書でも紹介されているとおりであり、庶民の間では、恋愛・結婚に関して流動性のある比較的自由な関係性がありました。
 
 その後、19世紀に広まった産業革命によって居住空間と仕事場が分離することで、性別役割分業(男が仕事・女が家事)や排他性といった特徴をもつ「近代家族」が形成され広まりました。そして、高度経済成長期において、ロマンティック・ラブ(恋愛)の考え方による結婚が日本でも定着し、1980年代にかけて、95%以上の人が結婚する皆婚時代となりました。
 結婚は、「家」のもつ経済基盤を継承するものから、恋愛にもとづく生活(経済的、心理的)の安定をもたらすものとなりましたが、結婚することが「普通」となったことで、自由な選択はありながらも結婚しないと生きにくい社会でもありました。
 こうした皆婚社会が実現したのは、日本の歴史上近年のほんの限られた期間であり、伝統的なものではなかったのです。
 
 その後、1990年代に入ると、日本は長期的な経済不況に直面し、雇用が不安定になるなかで、特に若い世代の男性での非正規雇用化が進み、一家を支えるだけの十分な収入が得られない男性が増えてきました。
 愛情と経済が求められることもあいまって、結婚をしたくても、理想の相手に出会えない・マッチングしない状況が生じ、誰もが結婚できる時代ではなくなりました
 さらに、結婚は、愛情や経済的な安定を「保証」するものではなくなり、こうしたことが離婚の要因の一つにもなっています。
 しかし、そのような状況のなかでも、結婚に、経済的、心理的な保証を求める価値観はそんなには変わってはいないように思われます。

3.婚活の時代

 結婚することやその継続が難しい社会になると、理想的で安定的な結婚をするためには、主体的に結婚相手を探すための活動(婚活)をすることが求められるようになりました。
 最近は、理想の男性に早く出会うことを求めて、20代の早い段階から「婚活」をする女性も増えているようです。先に、コロナ禍で結婚への関心の高まりがみられたというデータを紹介しましたが、コロナ前と比較し、結婚相談所への入会が3割増加したとも言われており、こうした傾向からもうかがい知ることができます。
 このように、恋愛が「結婚の前提」であるものとして考えると、結婚だけではなく、恋愛自体にも経済的な要素を求める傾向がでてきます。そうすると、本来、恋愛することにお金は必須のものではありませんが、男性にとってはある程度の収入(やその見込み)があることが恋愛できる条件にもなってきます。
 恋愛経験がない、デート経験がない若い男性が比較的多いという白書での調査結果は、男性で非正規雇用が増加傾向にあることも踏まえると、こうしたこととも無関係ではないと考えます。
 
 なお、少し余談ですが、「恋愛(ロマンティック・ラブ)」の起源をさかのぼると、12世紀の南欧の宮廷詩人が、既婚の貴婦人に惹かれ、理想の愛の対象としたものがベースになっているともいわれています。この時代、真の愛は、経済的な理由で行う結婚ではなく、精神的な愛=婚外恋愛だったのです。そして、この愛は、身分の違いにより「手の届かない存在」でもありました。
 これは、現代の日本では、「理想」どころか、浮気や不倫という言葉で非難され、純粋な「恋愛」として認識されないものになるかもしれませんが、「手に入りにくいもの」という意味では、皮肉にも、その起源としての「恋愛」の存在に近づいているとも言えそうです。

4.結婚に潜むリスク

 さらに、結婚したとしても、その継続もまた困難を伴うものとなってきています。
 長期的に婚姻数の3分の1の夫婦が離婚する傾向が続いているほか、白書によれば、20~40代の夫婦の15~20%が離婚の可能性があると考えています。また、以前の投稿でとりあげたように、配偶者間の暴力(DV)も、女性の4人に1人、男性の5~6人に1人が経験しています。
 こうした傾向をみると、結婚が必ずしも、永遠の幸せを保証するものではないことが理解できます。さらには、経済的な問題、子どもへの影響や世間体を考えて、「愛情」がなくても離婚をとどまって生活している夫婦が一定数いる可能性を踏まえると、最初に結婚した人と一生幸せに添い遂げられる人はいったいどのくらいいるのでしょうか。
 そして、新たな人生を踏み出すために「離婚」を選んだとしても、特に女性において経済的基盤が不安定であると、貧困などの困難な状況に陥りやすくなります。他方、男性も、子どもがいる場合は働きながら子育てすることに困難を伴います。

 このように、かつては生活上の「リスクヘッジ」として機能した結婚は、現代では逆に「リスク」になりえるものにもなっています。
 このため、かつては「普通」であった、「男は仕事、女は家事・育児」といった家族のあり方を志向することがリスキーであることを指摘し、そのリスクを回避し、多様な生き方を実現するためにも、女性の経済的自立(関連して長時間労働の是正や男性の人生の多様化にも対応した政策)が重要であることが白書で主張されているところです。
 
 なお、人生の多様化に対応し、それぞれの希望に応じて男女ともに家庭と仕事を両立できる社会を実現していくことが求められていますが、この過程において、「男も女も仕事と家事・育児」というスタイルが強調され、令和の新たな規範となってしまうと、今度は、こうした規範からはずれる人々が生きづらい社会になってしまうことにもなりえるため、このことにも留意をする必要があります。
(→(3)につづく)


【引用・参考文献】

伊藤公雄・樹村みのり・國信潤子(2019)『女性学・男性学〔第3版〕-ジェンダー論入門』有斐閣
鈴木隆美(2018)『恋愛制度、束縛の2500年史 古代ギリシャ・ローマから現代日本まで』光文社
筒井淳也(2016)『結婚と家族のこれから』光文社
内閣府(2022)『令和4年版男女共同参画白書』
西野理子・米村千代編(2019)『よくわかる家族社会学』ミネルヴァ書房
YAHOO!JAPANニュース(2022年5月28日配信)『「20代で結婚相談所に入会する人」が急増している、意外な要因』ITmedia ビジネスオンライン(最終アクセス:2022年7月6日)
YAHOO!JAPANニュース(2022年7月1日配信)『コロナ禍の婚活最前線 「結婚はまだまだ」と考えていた層が相談所に入会する背景は』AERAdot.(最終アクセス:2022年7月6日)
山田昌弘(2019)『結婚不要社会』朝日新聞出版


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