恋愛体質
恋愛体質なのかと問われれば
違うとは言えないかもしれない
かと言って次から次と切れ目なく
恋をしているわけでもない
今までに胸を焦がした人数は
片手では足りなくても
両手では余るくらいのもの
45年も生きてきたんだもの
異常に多い数ではないでしょう?
けれどもちょっぴり
惚れやすい自覚はある
「キミは自分の自己肯定感の低さを補うために
自分を必要としてくれそうな寂しさ抱える相手に
恋をしてしまうんじゃないの?」
鋭い指摘を食らったもんだ
それはわたしの意識の知らぬところで
無意識が起こしている可能性のあること
なるほど自己肯定感の低さを埋めるために
誰かに好きになってもらうことで
自分の価値を確認せんとするのは
恋愛体質に共通するからくりだと
言えるのかもしれないな
わたしはそっと
今回の恋を点検してみる
たしかに相手は恋愛の機会に乏しく
さびしそうな人だった
対するわたしの恋心は
愛されたいよりも愛していた
彼でなければダメだったし
たとえ振り向いてもらえなくても
彼への思いは変わりそうもなかった
もちろん自分の意識に上っている部分しか
見ることはできないのだけれど
どうも相手から愛されることで
自分の価値を見出したいという動機は
ぴんとこないのだ
それよりは
彼のことを愛している自分が好き
人を好きになれて幸せである
魂のよろこびが
わたしの生命力を呼び覚ませる
自らの生命力と繋がれることで
幸福感が上がり
自己肯定感も上がる
こっちの循環のほうが
恋愛が自己肯定感を上げるからくりとしては
はるかにぴんとくるものだ
少なくともわたしにとっては
-----------------
お読みいただきありがとうございます。
詩のように見せかけたひとつの考察です。
特に答えもありません。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?