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碧を薫じて追風に。

彼を初めて見掛けたのは、麻生の練習場だった。
曇りで見学者も少ない日だったと思う。

小柄だけれど身体がガッシリとしていて、純朴そうな少年ぽさを残した青年は、当時チームのスカウトであった伊藤宏樹さんに肩を抱かれるようにして練習後、クラブハウスへ向かう緩やかな坂を歩いていた。

練習見学中にも、普段見掛けない練習生がいることに気付いていたし、見学ゾーンに関係者らしい方々がいたことで、ユースではなく大学生なのだとわかった。
しかも、直前に噂でその大学生にフロンターレが声をかけているというのを耳にしていたこともあり、宏樹さんが「どうだった?」と、にこやかに声をかける青年が「旗手怜央」くん、だとわかった。
はにかむように微笑み頷く、怜央くん。
この子が噂の…と、わたしは密やかに熱い視線を向けた。
背丈は僚太さんくらいかな。けど、足腰も太くて骨太な感じがする。少し伸びた黒い短髪はサッカー一筋の真面目そうな男の子。と、初見はそんなだった。
噂でかなりの逸材だと聞いていたから、心の中で「宏樹さん、頑張って!」と、声援を送っていた。

内定の報せを聞いた時には「宏樹さん!やったね!」と喜び、微笑んだ。

見た目のイメージで、なんとなく朴訥で大人しいタイプかと思っていたけれど、確かトゥーロンだったかアンダー世代の代表の際に、選手たちのインスタライブなどを見ていると、ワイワイ友だちと過ごす明るい朗らかな青年だと思った。
インスタライブで、他の選手への質問コメントなども拾って、その選手に質問投げ掛ける姿は好感が持てた。
優しいな、と嬉しくなったものだ。

フロンターレに入ってからも、同世代の碧や薫くんと一緒にいるイメージだったが、ACLの練習映像ではだいぶ年上である悠とも無邪気にふざけあい、ジェジエウとも絡んだりと人懐っこい一面も見せていた。悪戯好きな弟キャラは微笑ましい。

試合に出ればFWなのかDFなのか。様々なポジションで活躍。
選ばれたU-24代表ですら、本職ではないDFをこなしさえした。
昨年もチームでSBを務め、ポリバレントな魅力を発揮した。
それでいて、クールに卒なく複数ポジションをこなす選手というより、どこのポジションでも最後まで全力で走りきる我武者羅さがある。
プレーでも不要なファウルはないし、倒れた選手を気遣う紳士な選手だ。

確か飲水タイムに、審判さんにもお水を勧めたりと気遣いをみせていた。
昨年のアウェイ柏戦でも、椎橋選手を「しいちゃん、大丈夫?」と慮り、声を掛けるところがDAZNに映っていた。 

試合前のセレモニーもアウェイであっても、真摯に向き合う。
映像が流れれば、モニターをちゃんと見るし、セレモニー中は誰よりもずっと拍手し続ける。 

先日の苦しい戦況の広島戦、スタメンからずっと出ている怜央くんは 、倒れた悠に手を差し伸べて、起こしていた。疲れた顔をしていたけれど、闘うことも走ることもやめない。仲間や相手を気遣うこともやめない。  

先制され、ダミアンのゴールで追い付くも辛くも引き分け。負けてはいない。だが、前節に続いてのドロー。
悔しさに涙する彼の姿に胸を打たれたサポーターは多いだろう。
それも、そうだ。
先日、移籍が発表された三笘薫選手を送るライブ配信で、怜央くんはコメント動画を残した。

「このチームで、まだまだ結果残して、頑張りたいと思います。チームのことは心配せずに、向こうで自分のために頑張って欲しいです」

移籍した碧や薫を心配させないために、言葉通りの決意と、サポーターに向けてもあるだろう。2人の分までという責任感。
今季副キャプテンであるダミアンもスパイクに2人の名前を書いていた。きっとチーム全体で、力んだだろう。
それでも、2人に近い存在であった怜央くんは人一倍重たく受け止めていたかもしれない。
このまま、その重さに潰れることはない筈だ。
抱え込み過ぎたかもしれない、と監督である鬼さんも気付いているし、間近に見ていた選手たちもいる。1人には絶対にさせない筈だ。背負い込んだ想いを支える腕が方々から伸びてくるだろう。

彼がそこまで、感情を溢れさせたのも2人の移籍直後だからだろうと思う。
ACLでウズベキスタンでのインタビューで、その後に始まるオリンピックへの意気込みを聞かれたものの「まずはACL」と目の前の試合に集中すると答えた。 

最終的にリーグ戦も優勝を目指し達成すれば良い、のではあるが、きっと、彼としては旅立ったばかりの2人の背中を押したかったのかもしれない。チームの勝利で。
その悔しさ不甲斐なさだったのかもしれない。

器用で何時でも休みなくとも強い強い気概でピッチを駆け回る怜央くんはきっともっと、その秘めた力を開花させる。
走り回る体力だけでなく、周りを想う優しさ、それらも彼の強さである。
そう信じる。信じたい。
涙が人を強くするなんて安売りされた言葉よりも、あなたは既に強いはずだと伝えたい。
色々なポジションが出来るが故の苦悩もあるだろう。何かのスペシャリストの方が注目されやすい。
それでも、己を磨き優しい内面を含めた「旗手怜央」というスペシャルワンになって欲しい。新しい色はいくらでも作れる。
碧と薫くんの海外移籍が追い風になり、怜央くんの才能がもっと綺麗にはためくように。

彼もまたいつかは羽撃いてゆくかもしれない。
その時は優雅でなくても良い、力強く嵐を巻き起こす強さを描いて、彼らしい優しさを胸に翔べ。

写真提供:フロスキ様  https://frosuki.com/

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