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ルヴァンによせて

なに着てゆこうかな、とスマホで経路検索をしながら悩んでいるくらいの悠長な朝だった。
10月6日のアウェイ湘南戦以来の試合の生観戦なので、もう少し昂ってても不思議ではなかったが、浦和美園までの長距離移動の方が気掛りになっていたくらいだ。
明らかに一昨年とは違う心持ちで身なりを整え出発する。
長旅の車内でちょこちょこTwitterを眺め、既に到着している人々に微笑みながら、うつらうつらしようとしたが生温い眠気は訪れず、妙に淡然といるように思えた自分もユニフォームを着ているからには興奮を抱いているんだと自嘲する。

浦和美園に着くと強い陽射しが照り付けていた。
駅からスタジアムまでの道、線路沿いの通りに並ぶキッチンカーや屋台から漂う香りに食欲を覚えながら、落ち合った同行者も「今日は勝てますかねー?」なんて暢気なリズムの会話をしていた。この時はまだ「決勝戦」というよりも、久しぶりの試合を楽しみたいな、という気楽なものだった。
スタジアムに入ると「相変わらず、かっこいいスタジアムだなぁ」とあたりを見回した。そして、今日はどれくらい集客があるんだろう?とぼんやり、まだ人の疎らな客席を眺めていた。
そんな悠長さを打擲したのはアップが開始される直前。
向かい側の赤く埋まる客席から響いた轟音だ。
コンサドーレサポーターから放たれた砲声はスタジアムに強く重く放たれた。和やかさを打ち砕き、緊張の帳を広げた彼らの声の束に、じゃがりこを摘まんで満足げにしていた緩慢なわたしの心は震えた。闘争心を奮い起たせるに充分な熱量だった。
咄嗟にわたしは自陣の仲間たちを睨むように見据えた。
ゴール裏の面々に「負けんじゃねーぞ」と鼓舞するように、声援に合わせて力強く手を叩いた。
ピッチの脇では様々な準備のために人が蠢き、その忙しなさすらも聖なる戦いのエピローグだ。
蒼穹下、強い陽射しを浴びた少し長めに見える芝生の緑。
練習着の選手たちが姿を現し、人で埋まり始めた客席のボルテージも高まり勢いを増す。
対峙した両ゴール裏からチャントは大きな波となってピッチへ雪崩れ込んで行く。
選手たちの表情は凛々しく精悍な勇者そのもの。彼らは波に乗りながら迫る戦いに挑む準備を進める。
きっと、地上波の生中継も入り、人の往来も多い会場内で普段のリーグ戦とは違う雰囲気を選手たちも味わっているだろう。
朝の穏便さが嘘のように、「決勝戦」の空気を膚に感じたわたしもいつの間にやら臨戦態勢に心が調われてゆき
川崎市民のうたをタオマフを掲げて歌う頃には「絶対勝つぞ」という気持ちで胸は溢れていた。
両チームの壮大なコレオや、札幌ドームでしかお目見え出来ないコンサドーレの選手紹介の映像、優勝カップの御出座し、国歌斉唱と否応なく決勝戦の舞台は緊張感と共に迫り来る。
レフェリーの笛で決勝の火蓋が切って落とされる。
会場内に瀰漫していた緊張は弾けるように期待に鏤められてゆく。

試合内容は非常に劇的な展開。
サポーターたちの感情の起伏は真っ直ぐ歩けないほどに凹凸を成した。失点の溜め息、同点の歓喜、逆転の狂乱。それを両チーム共に繰り返したのだ。
砕ける希望の破片をかき集めて、無様なまでに勝利を願う強い気持ちを象る。そしてピッチの選手たちへ何度も投げ放った。何度も何度も。
延長前半終了時は既に疲労困憊でグッタリとしていた。それでも、笛が吹かれれば双眸からビームでも放つのかというくらいの視線をピッチに向けた。
勝ちたい勝ちたい勝ちたい。
幾度なく襲うピンチ。
勝てるのかな?
一昨年、同じ舞台。日が傾き翳る中、唇を噛み締め勝者の歓喜を眺める選手たちの姿が脳裏を掠める。
振り払う悔しい記憶。
呪いの壁をあべちゃんが打ち砕いてくれたじゃないか。
数的不利?
なにも怖がることなんかない。
10人で勝ったこともあるじゃないか。悠(ヒーロー)がやってくれる。
疲れた脳内の中からポジティブを見つけては必死で拾い上げた。
がんばれ、がんばれ、がんばれ。
囈言みたいに呟いた。

そのまま試合はPK戦に縺れ込む。
落胆ではなく、正に一息つくといった一時の緩慢が会場に零れた。それと同時にピッチには混沌とした渦があった。
互いのチームの円陣が解かれ、選手たちはこの波瀾の舞台の終焉へと歩み出す。
わたしは剣呑さに飲み込まれそうになる。
一列に並ぶ選手たち。両キーパーはいつもより堅固な鎧を着込んだように見えた。
と、まともな記憶はここまでで
PKが始まってからのわたしはひたすら祈るばかりであったのだが、大贔屓の車屋選手の蹴ったボールがバーを直撃した瞬間から込み上げてきた涙にくれてタオマフで顔を覆ってしまった。
どれだけの緊張で、どれだけのプレッシャーで、立ち向かったんだろう。項垂れた車屋選手の姿に嗚咽した。
それでも、獅子奮迅の活躍で新井選手が石川選手のボールを止め、場内に沸き出す大歓声に顔を上げた。顔中、涙に濡れたまま、言葉にならない声を上げた。
優勝出来るのかもしれない。
後半ATアバンテが響く中、潰えた気持ちがゆるゆると浮上するのに息を飲んで堪えた。まだだ。まだ終わってない。
チラリとコンサドーレ側の客席を見た。
まだだ。まだ終わってない、こちらとシンクロして見えた。
6人目、喉がおかしくなるくらい「新井!!」と叫んだ。
彼は蹴られたボールをキャッチした。
物凄い歓声がスタジアムに溢れる。わたしもありったけの声で喚いた。
勝てそうで勝てない試合状況もあった。
今季のリーグ戦のドロー続きの戦況。それらの鬱憤を晴らしたかったのかもしれない。
悠が見せた涙はその意味合いもあるのではないかと思った。

セレモニーで優勝に酔しれた。
先ほどまでの疲労感は選手たちの笑顔が拭い去ってくれた。
客席を立ち、外に出ると綺麗な夕焼けが広がっていた。
熱戦を繰り広げた選手たちを労うような美しさだった。

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