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異語り 068 埋もれた家

コトガタリ 068 ウモレタイエ

閉鎖された炭鉱の街を写真に撮っていたKさん。
何度か撮影に同行させてもらったことがある。

廃街。廃墟のビルなどとは違い、一見ただの原野に見える。街が丸ごと廃された土地。

伸び放題に伸びた草。その間にコンクリートの基礎だけが残っていた。
道もアスファルト舗装がめくれ、そこから草が生えている。
時折かろうじて建っている家もあるが、既に屋根が落ちていたり、壁が剥がれていたりして、もはや家と呼べる状態ではなかった。

北海道は雪が降るため、人が住まなくなった家は本州に比べると随分早くに潰れてしまうらしい。

「中を覗いてみる? 入るのは危ないけど、外からでも十分見えるよ」
誘われるまま朽ちかけた家へと近づいた。
窓のガラスは既に割れ落ちている。
壁もあちこち穴が開き、確かに覗き放題だった。

雨風の影響は屋内にも及んでいて、ふくれた畳の上に土や苔が散らばっている。
部屋の真ん中にちゃぶ台があり、湯飲みが一つ残っていた。
壁際の食器棚の中にはまだ食器が詰まっている。
柱時計の横にあるカレンダーは5月になっている。残念ながら年号は遠くて読めなかった。
奥の部屋にはタンスもあり、床には袢纏のようなものが落ちていた。
仏間らしき部屋には額入りの写真も残されている。

思っていた以上に生活感があり、ちょっと困惑してしまった。


「こういうところって何か感じたりする?」
私が『時々視える』という話を聞いたらしく、ちょっと探るように尋ねられた。
「……特には何も」
ごまかすつもりもなく、本当に何も感じられなかった。
怖さや禍々しさといった負の気配も、すっきりとした浄の気配もない。
ただただ静かな場所だった。


「実は以前変な子に会ってさ、それからなるべく1人では撮影に行かないようにしてるんだ」
Kさんは撮影から帰ってくるとそんな話をし始めた。


炭鉱街の写真を撮り始めたのは5年前くらいから。
たまたま参加した廃坑見学ツアーの時に、ガイドがチラリと街があったことを説明した。
車道にバスを止め、車内から示された先は草原。
その中に ポツン ポツンと廃屋の屋根だけが見えていた。
その景色がとても印象的で、それから自分で道内の廃坑を調べ、撮影しに行くようになった。


ある夏の日、その日は朝早くから目を付けていた廃街を訪れていた。

そこにはまだ残存する家もいくつかあり、被写体にとてもよさげだった。
廃屋内には光源がないので、日が差す時間しかいい写真が撮れない。
しかも炭鉱街はほとんどが山あいにあるため、日照時間も平野部よりは短い。到着するとすぐに撮影に取りかかった。

いそいそと茂みを分け入り、気になった廃屋を写真を収めていった。

夢中で廃街をまわり写真を撮りまくった。
昼過ぎ頃、持参したおにぎりを頬張りながら撮った写真を確認していると、目の端で何かが動く気配がした。
見ると小学生ぐらいの子供が少し離れた所からじっとこちらを見つめている。

地元の子か? ここを遊び場にしているのだろうか、少し話を聞けないかな。

怖がらせないようにニコッと笑いかけてから声をかけた。
「街の写真を撮ってるんだ、お話聞かせてもらえないかな」
子供は無言のまましばらくこちらを見つめていたが、ぷいっと体の向きを変え、茂みの中へ踏み込んで行ってしまった。

あーだめだったか
そう思ったが、すぐに茂みから子供の顔が覗いた。
「あれ? ついてこいってことか」
なんとなくそう感じて急いでおにぎりを押し込むと子供の方へ近づいた。

茂みを覗くともう子供の姿は見えなかった。

でも奥へ続く細い踏み跡があり、ざわざわと草が揺れている。

「さて、何があるのやら」
目の前の細い道をたどり茂みを進むと、小さな家が現れた。
屋根が異常に低く、家というよりは物置小屋のように見える。
窓は割れていたが、壁も屋根もしっかり残っている。
「さっきの子の秘密基地かな?」
そういえば、子供の姿は見えなくなっていた。

でも興味はすっかり小屋に取られてしまっていたので、すぐに小屋の確認を始めた。

屋根のてっぺんが、自分の背丈ぐらいしかない。
窓も地面スレスレについている。
小屋の裏に回りやっとその理由がわかった。

元からなのか、陥没したのかは分からないが、ちょうどその家の部分だけ土地が低くなっており、土に埋もれてしまっていたのだ。

「へー、面白いなー」
さらに興味を惹かれ、膝をついて割れていた窓から首を突っ込んでみた。

ふっと空気が変わり、じっとりとした湿気とカビ臭いにおいがする。
カーペット敷らしい床にうっすら影が映っていた。
ドキリとしたが、すぐに自分の影だと気がつき息をつく。

しかし、その隣に何か現れた気がして再びドキリと心臓がざわめく。

振り返るとすぐ側にさっきの子供が立っている。
ビクリと体が跳ね、思わず声を上げそうになった。

「やあ、案内してくれてありが」
言い終わらないうちに子供が表情を歪ませた。
大きく笑みを描く口元。
それとは対照的に、眉根を寄せにらみつけるように凝らされた目。

言葉尻がヒュッと消えた
同時に子供の姿も見えなくなってしまった。


慌てて体を起こし、周囲を確認する。
人がいた気配はない。
振り返り埋もれた家を見た。

窓の奥

カーペットの向こう側の扉がススッと動いた気がした。

声にならない悲鳴をあげながらすぐに車に戻り、廃街を後にした。後日、人を誘ってもう一度訪ねてみたが、埋もれた家は見つけられなかった。


「一瞬だったけど、あんな顔見間違いとかじゃないから。未だに思い出してゾッとするもん」


Kさんがやたらと人を誘う理由がやっとわかった。

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