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異語り 089 不在票

コトガタリ 089 フザイヒョウ

帰宅すると、家の前に不在票が落ちていた。
雨に濡れたのか少しヨレていて、土汚れも付いている。
「ちゃんとポストに入れといてよ」
不快と感じつつも放っておくという選択肢はなく、指先で摘み上げそっと開いてみた。

『お届け先 平山愛子』

えっ? 誰?

自分ではない名前に首を傾げ、もう一度しっかりと記入された文字を読む。
『お届け先 平山愛子 依頼人 Amazon 種別 光インターネット お届け日時〇月〇日13時20分頃 お問い合わせ番号------』
ルーターとかだろうか? 時間的には1時間前なのでその間にポストからこぼれ、雨に打たれ、誰かに踏まれたということか。
……でも雨が降った様子はない。

さらにはご近所で、平山さんの家はなかったと記憶している。
それほど頻繁に交流があるわけではないが、昨年町内会の班長をやったばかりなので同班(ご近所さん)の顔ぶれはなんとなくはわかる。

と言うことは、これはどこからか風に飛ばされてきたということか?
ただ、住所や問い合わせ番号の記入がないので確認のしようもない。

この宅配業者に連絡して「不在票が落ちていた」と知らせればいいのかな?
でも既に連絡済みでご本人が持ち歩いていたものを落としていっただけということも考えられる。

気にはなる。
とても気になる。
でもどうしようもない。

結局何も行動することなく、不在票は歩道の隅において置くことにした。
そのうち風で飛んでいくだろう。


そう思っていたのに、その不在票はしつこいくらい家の周辺から出ていかない。
風には転がされるくせにちっとも飛んでいかない。
うちの花壇や隣の家との境の塀に引っかかるばかり、外出の度に目に入ってくる。
そして、ついには玄関扉の前に張り付くようにして固定されていた。
その間雨は降っていないのに、不在票はしっとりと重みを増し、アプローチのタイルにペタリと吸い付いている。

最初に見つけた日から2日が過ぎていた。
「もう時効でいいよね」何に対しての言い訳かはわからないが、自分にそう言い聞かせ不在票をゴミ袋に移した。

翌日、インターホンが鳴った。
すぐにモニターを見たが誰もいないように見える。
子供かな? 返事をしながら扉を開けるが、やはり誰もいない。
「今時ピンポンダッシュ?」不思議に思ったものの、あれこれ用事をこなすうちに忘れてしまった。


「ただいま、なんか荷物の紙が落ちてたよ」
学校から帰ってきた娘が、不在票を持って入ってきた。
「誰宛になってる?」
「うーんとねー。高木さん! あれ? うちじゃないよ」
配達時刻を見ると多分インターホンが鳴った頃だと思われた。
「この辺に高木さんなんていたっけ?」
やはり記憶にない。

そしてポストではなく、玄関前に落ちていたという。
詐欺とか泥棒の合図だったりするのかな?
でも、我が家はちゃんと表札も出しているので、わざわざ違う名前を書く意味がわからない。


再配達のお願いではないので、不在票のある携帯番号ではなく運送会社の方へ電話をかけてみることにした。
聞いたことのない社名だが、そういえば前回の不在票も同じ色合いをしていた気がする。


コール音が続く。

……なかなか出てもらえない。


5コール目でやっと繋がったが、留守番電話のようだ。

しかも雑音混じりで聞き取りづらい。メッセージの途中で電話を切り、不在票を見つめる。そのままスマホで運送会社を検索してみた。
出てくるのは大手の宣伝や口コミばかりで検索したはずの運送会社については何も出てこない。

「やっぱり詐欺かな」
不在票は丸めてゴミ箱へ放り込んだ。

するとすぐ後、スマホが震える。
登録されてない番号だったが、見覚えがある気がして電話に出てみた。

ぷつ ぷつ ぷつ 
「こちら―――運送です。先程――頂いた――ようで」
ひどく聞き取りづらい。
「あ、すいません家の前で他の家の不在票を拾ったのでお伝えしようと思いまして」
言いながら慌ててさっき丸めた不在票を拾い上げた。
「それはありがとうござい―――、そちら――はなってますか」
「えーと、『高木琢也』さんですね」
「そうですか、――失礼致し―――、――住所、―――いていますか」
「高木さんの住所はありません。荷物番号なども書いてないです。種別欄だけ光インターネットと書いてあります」
「ありがとう―――、こちらで――確認―――、手元の――札は処分―――ください。ありがとうござ―――」

途切れ途切れの音声に加え、ザーザーとノイズも混じっている。
こちらの声もちゃんと聞こえているのか不安になったが、お互いに何とか会話が成立しているようなので聞き返したりはしなかった。
不在票については処分しても良いと了承も得られた(と思う)
改めて丸めなおし、今度こそゴミ箱へ突っ込んだ。

ピンポーン

インターホンが鳴り、娘が対応してくれる。
「はーい、あれ? いないの、子供かなー?」
呼びかけに反応がないらしく、娘は走ってドアを開けに行った。

やはり誰もいなかったらしい。


あれ以来、いきなり変な荷物が届く。ということはなかったが、ときどき家のじゃない不在票が落ちている。

見かけて知らない名前だったら手を触れないようにしている。もちろん家族にも周知した。

風に舞う不在票は数日うちの周りを漂った後、どこかへと消えていくようだ。

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