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異語り 086 市営墓地の白樺

コトガタリ 086 シエイボチノシラカバ

土がむき出しのゆるい丘陵地に、まばらに木々が茂っている。
決まった道などないかのように不規則に並ぶ墓石。
市営ということもあり特定の宗教的建築物はなく、すぐそばの道路とは低いアルミ柵に隔てられただけの墓地だ。

木々の7割ほどが白樺のおかげか、視界に入る小道はどこも明るく見える。

「墓地の中に1本だけ銀色の白樺が生えてて、その木の周りを3回まわってから墓参りすると死者からのメッセージが聞けるらしいぞ」
そんな話を聞かせてくれたのは、行きつけの飲み屋のオヤジだった。

「まぁ俺が聞いたって文句しか言われねえだろうからやんねーけどな」
そう言って笑っていた。

聞けるメッセージがありがたいものかどうかは分からないって訳だ。

数年ぶりに墓参りに来て思い出したのだから、それでも少し気になっていたのかもしれない。

でも
「白樺が銀色ってどういう状態だよ」
まず最初から訳が分からない。
噂話というか都市伝説的な話なのかもしれない。


木立の間に点々と並ぶ墓石を見上げ、坂を登り始めた。

忙しさを言い訳に不義理にしてきたせいで目的の場所をよく覚えていない。
なんとなくの記憶を頼りに墓石を覗き込んでみるが、なかなか正解にたどり着けずにいた。

気が付けばずいぶんと上の方まで上がって来てしまったらしい。
「さすがにこんな上じゃなかったよな」
そう思い振り返る。
低い丘なので景色を一望する。なんてことはできないが、それでも墓地内が半分ほど見渡せた。
柵の向こうを走る車もちらちらと見えるが、不思議とその音は気にならない。
「一応森だから静かなのかな」
少し感心しながら、
「さて困ったな」ともう一度墓地を見渡してみた。

視界の右隅に気を取られる。

道路との区切りには柵があるが、なだらかに続く丘陵地の奥には柵の様なものは見当たらない。
そのなんとなく墓石が途切れたあたりに意識が持っていかれる。

「……あれも白樺か?」
くすんだような白っぽい灰色の幹。
太さは電柱より少し細いぐらいだろうか。
そんな木がポツンと立っていた。

誘われるように近づいていくと、その木の周りは五メートルほど何もなくぽっかりと開けていた。
ここが墓地の端だろうか?
その木の先には墓石は見当たらない。

おそらく白樺と思われるその木は、白とは言えぬほどくすんでいた。
しかし白樺の特徴的なツヤは保たれているため、その木肌はどこか金属的な雰囲気がある。
例えるとするならば『銀色の色鉛筆』のような

「……銀の白樺」
飲み屋のオヤジの話を信じた訳ではない。
何か人生のアドバイスを求めているわけでもなかった。
ただ、疎遠にしたまま亡くなった弟のことがちょっとばかし気になっただけ。

それなのに、気がつけばその木の周りを回っていた。
そんな自分に苦笑しながら再び墓を探し始めた。

目当ての墓はすぐに見つかった。
入り口に向かってまっすぐに半分ほど戻るだけ。
「こんなわかりやすい所に……」
きっと、わざわざ端から探したりしなければすぐに見つかっていたのかもしれない。
ドッと疲れを感じ深い溜息が漏れた。

次に来る時の目印に何かないかと周りを見渡すと、墓石なのか石垣なのか判別に困るような埋もれかけた石積みが目に入る。
この市営墓地自体がかなり古くからあるものなので、初期の頃の墓かもしれない。

目印を記憶に刻み、自家の墓へ向き直った。
一番端に弟の戒名が刻まれている。
心の中で遅くなった挨拶を詫びながら目を閉じ手を合わせた。

風が抜け、木々がざわざわと葉を揺らす。


「……お…………おん」

風の音に混じって低い唸り声のようなものが聞こえた気がした。
驚いて目を開けたが、特に何も見当たらない。
バイクでも通ったのかと道路の方へ顔を向けてみると、


「……おおおん」


反対側から声が聞こえ、慌てて振り返った。


少し上にあった先程の石積みからパラパラと土粒が落ちてくる。


目を見張り後ずさるが、視線が外せない


「おおおおおおお」
声とともに積み上がっている石が震え、バラバラと土粒がこぼれ落ちる。


目を離すと危険?!

逃げるべき? 

逡巡の末、きびすを返して緩い斜面を駆け下りた。
飛び込むように車に駆け込みすぐに墓地を後にした。

景色は賑やかになったが心臓はうるさいぐらいに脈打ち続けている。
このままでは事故るかも、もしやそれが狙いか?
疑心暗鬼に陥っているらしい自分の思考に気がつき少し笑いが浮かんだ。
とりあえず目に付いたコンビニに車を止め、ゆっくりと深呼吸した。

気分転換に立ち読みをし、あれこれと食品を買い込んでから家に帰る。
特に変わったことも起きなかった。
どうやらあの声の主に取り憑かれたりはしなかったみたいだな。
それとも変な話を聞いたせいでビビってたのかも。


墓参りから数日ほど過ぎてから、久々に洗車でもしようとコイン洗車場に行った。

車の後ろ側のバンパーにやたらとガッツリ土の塊がへばってついている。

「あそこは古いからね、土葬の墓も混じってるらしいよ」
飲み屋のオヤジの話を思い出した。

聞けるメッセージは、ありがたいわけでもなく、聞きたい相手のものとも限らないようだ。またしばらく足が遠のきそうな予感がするが、しょうがないと思う。

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