見出し画像

異語り 055 古本

コトガタリ 055 フルホン

私が高校生だった頃、私が読んで若者向けの小説(当時はまだライトノベルというジャンルはなかった)に父が興味を持った。
もともと乱読派だったことと、今考えると思春期の娘の思考を知りたいと思ったのが理由なのかな?

手元にあった数冊を貸すと、後日

「お金は出すから続きを買ってきて欲しい」と言い出した。

毎月お小遣いをやりくりして少しずつ集めていたので、その言葉はまさに神のお恵み!
さらには少々悪知恵も手伝い(最初は元手がなかったので仕方なく)古本屋で探した本を持って行った。
父は疑う事なく本屋の販売価格で買い取ってくれた。
差額分は数百円だが、貧乏高校生にはでかい金額。
味をしめた私はせっせと古本屋で続巻を買い揃えていった。

シリーズが半分ぐらい揃った頃


バレた


なるべく綺麗な状態のものを選りすぐっていたけれど、刷数まではチェックしていなかったから……。

指摘されたので正直に(開き直って)認めると、父は大笑い。
ひとしきり笑った後、「これからも古本でいいし、お金も今まで通り払う。まあ手間賃だな」と言ってくれた。
すごくほっとしたのをよく覚えている。

ということで、大ぴらに古本屋通いをすることにした。

いつもは二三冊ずつ探してきて渡す。
父の読むペースはその時の忙しさにもよるが、大体1冊を3日ほどかけて読む。
なので週一くらいの感覚で本を献上していた。


でもある1時期だけはとても時間がかかった。

仕事が忙しかったのかは知れないが、いつまでたっても次の巻に進んでいない。
こちらとしてはさっさとお小遣いを稼ぎたいのだが、父はひどく無口になっていて(元々おしゃべりな方ではなかったが、話しかければ気軽に雑談していた)その時期は生返事ばかりで次巻のお伺いもままならない感じ。
私自身少し反抗期だったこともあり、そんな態度にムカついてこちらから話しかけなくなってしまった。


ピリピリとした雰囲気のまま数日


父が倒れた。


慌てて駆けつけると青白い顔で点滴を受けている父がぎこちなく笑った。
「すまん、○巻を汚してしまったからもう1冊探して欲しい」
「……うん、探しておく」
数日ぶりのまともな会話
そう答えた私の顔もたぶんぎこちなかっただろう。

父は仕事場で血を吐いて倒れた。
ちょうど仕事の休憩中で読んでいた本がその犠牲になったとか。

父は救急車で運ばれ、荷物などは仕事仲間が届けてくれたらしい。
そして血まみれだった本はそのまま処分されたという。


診断は『胃潰瘍による急性胃炎』

そんなにひどい潰瘍があったならば、何故先月の健康診断にひっかからなかったのか?
確かバリウム検査の話もしていたと思う。

胃潰瘍にも慢性的なやつと、急性なやつがあるらしい。
ピロリ菌の感染・痛み止めやアルコールなどの過剰摂取・心的外的ストレスなどにより生じる。

父の場合は元々潰瘍があっただろうから、そこに何らかの刺激が加わり発症したのだろうと言われた。

父は酒に弱いので、それほど量をとることはない。
ストレスについては把握しきれないが、普段はいつも穏やかで楽しそうな様子なので、その線も少ない気がする。

突然のことに家族も会社の人たちもかなり心配したのだけど、その後の父は医者も驚くほど順調に回復し、予定よりも3日も早く退院することができた。

買い直した本とその続きを届けると、あっという間に読んでしまう。
「○巻は結構読んでたんじゃないの?」
無愛想だった約2週間、父はずっとその巻を読んでいた記憶がある。
「ああ、そのはずなんだけどな、よく覚えてないんだよ」
「もしかしてその頃から体調悪かった?」
「そうなのかなあ? つらいとかしんどいとかは感じてなかったと思うけどなあ」

たしかにイライラしたりとか思い悩んでる風には見えなかった。
まあ子供にそんな姿を見せないようにするだろうけど

「もうあんまり覚えてないなあ」
本当なのか気遣いなのかはわからなかった。

でも、私の印象では父はボーッとしていたと思う。
ちょっとイラつく程の生返事も、何かを考え込んでいての生返事ではなく、心ここにあらず的な生返事。
寝ぼけているような現実感のない返事だった気がする。


もしかしたら自分の買ってきた古本のせいかも。

何故だかそんな不安を感じた。

買ってきた本はいつも先に父に渡す。(一応スポンサーなので)
父の後でわたしも読む。


あの時私が先に読んでいたらどうなっていたのか?


何も起こらなかったかもしれないし
もちろん本のせいじゃないかもしれない。

ただちょっと、……気になっているだけ。

サポートいただけるととても励みになります。 いただいたエールはインプットのための書籍代や体験に使わせていただきます(。ᵕᴗᵕ。)