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異語り 053 絵蝋燭

コトガタリ 053 エロウソク

前回に続いて記憶の中の景色をもうひとつ。
でもこちらは、自分の中では現実世界の記憶と認識しています。

京都の観光地としてとても有名な伏見稲荷大社。

高校生の頃よく通っていました。
少なくても月に一回。
多いときは週に数回ほどの頻度で足を向けていたように思います。

近頃は有名になりすぎてしまい、海外からの訪問客も増え、境内はごった返していますね。
山の上でも多くの人と行き違うようになってしまったけれど、その当時はお正月以外であればそれほど人出は多くなかったのです。

特に千本鳥居より上、お山巡りなどは誰にも会わない時もあるくらいでした。

あまりに人間が多すぎるので、いつしか足も遠のきがちになっていたのだけれど、去年スキを見て帰省した折。
久々にお山を訪ねてみると、懐かしい静寂さが戻ってきており、ちょっと嬉しかったです。

ハレの日であれば、賑わいも嬉しく感じられますが、日頃の参拝はやはり落ち着いた静かな中がいいかなぁと考えてしまいます。
神様的にはどちらがいいのでしょうか?


少々話が逸れてしまいましたが、お話ししたいのは高校生の頃、何度も登ったお山巡りの景色のことです。

千本鳥居から少し登ると、大きな茶屋がある四つ辻があります。
お山の頂上へ向かう道が二本。
東福寺方面へ尾根を下る道。
そして今登ってきた道。
振り返ると京都の街が一望でき、とても気持ちがいい。

そして、いつも気の向くままに登る方向を選んでいました。

山道の脇には、稲荷講の祠や行場への降りる細い道、そしてときどき茶屋があります。
茶屋には供物やお守り、軽食・飲み物。
それと蝋燭などが売られていました。
そんな茶屋の中でもお気に入りの一件がありました。
京都の景色を背景に建つ小さめの茶屋。
その軒先にはシンプルな和蝋燭と一緒に、とても綺麗な絵蝋燭が並べられていました。

仏花のような色とりどりの花束が描かれたものや、如来様のような姿絵が描かれたものなど(現在はカラスによるいたずら防止のため、黄色い蝋燭が主流になっています)とにかくあでやかで美しい蝋燭に毎回足を止めて見入っていました。

小さな店でしたが、店主らしき人に会ったり声をかけられた記憶はありません。
高校生など客ではなかったのだろうけど、他の客に会った覚えもありません。
いつもひとり、街の景色と蝋燭を眺めてしばし休憩していました。

稲荷山のお茶屋さんは皆そこに住所があり実際に生活していらっしゃるところがほとんどです。
もちろんお手伝いで人を雇っている店もありますが、家主はお山暮らしの場合が多いです。
山道の山側の斜面に張り付くように建っているためか、どの茶屋も横に長い感じ。
でもその茶屋は山道の谷側にあり、奥行きはさらに薄かったと思います。
ガラス戸の向こう、すぐ奥に見える小さな和室の窓からも京都の街が見えていたのを覚えています。
間口は八歩もなかったと思う。
とても小さな茶屋でした。
でも絵蝋燭の種類は他のどの店よりも多かったと思います。

結局、高校生だった自分は一度も利用することもないまま京都を離れてしまいました。
今思うととても残念でならないです。


それから十数年ほど経った頃、ふと思い出し帰省した時を狙ってお山を登って見ました。

懐かしい景色を感じつつ、でも随分増えた人の多さに戸惑いながら記憶の中の店を探しました。正確にはあの絵蝋燭を探していたのだと思います。

その時はどちらからお山巡りをしたのかは覚えていませんが、時間をかけ懐かしさを噛み締めながらゆっくりと回ったと思います。


でも、山道にその茶屋はなかった。

その頃はまだ黄色い蝋燭はなかったと思う。
絵蝋燭をおいている茶屋もありましたが、記憶のなかにあるあの艶やかな蝋燭は見つけることができませんでした。


それ以来、京都に行く機会がある度にお山を回ってみるのですが、茶屋と巡り会うことも、絵蝋燭を見つけることもできずにいます。

1990年頃の稲荷大社を覚えている人はいないでしょうか?
谷側に建っていた小さな茶屋や、極彩色の絵蝋燭が売られていたのを覚えている人はいないでしょうか?
いつも1人で登っていた自分だけの秘密の場所のつもりだったので、誰かに確認することもできずにいます。


もしかすると狐のお店だったのでしょうか?
それとも違う世界を見ていたのでしょうか?
月一で見ていた景色が幻だったとは思えないのですが、あまりにも痕跡がなく困惑しています。

いまでも帰省した際にはお山に登に行きますが、あの茶屋が有ったかもしれない場所すらあやふやになってしまいました。

市内の土産物屋などで和蝋燭を見たりもしますが、あの時見た絵蝋燭のようなすごいモノには出会えていません。

やはり、あの時一本だけでも買っておけばよかったなあ。

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