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異語り 071 運のいい理由

コトガタリ 071 ウンノイイリユウ

ヒロおじさんには2回しか会ったことがない。
祖父のいとこの子どもだそうで、自分にとってはほぼ他人のような人だ。

最初に会ったのは曾祖父の法事の時。
おじさんは宴会には加わらず1人で庭をなどを散策していた。
当時はまだ中学生くらいだった自分も手持ち無沙汰でフラフラしていたところで、少しばかり話をした。
「僕、お酒はあんまり強くないから、いっつも逃げてんねん」
祖父の親族は酒豪の人が多く、顔を合わせる機会があるといつも宴会が始まっていた。
「うちのお父さんも強くないのに逃げるのも下手やから捕まってるわ」
「僕は普段から集まりにはあまり顔を出さへんからね、こっそり逃げるのも簡単なんや」
そんなおしゃべりをしている間に、しょっちゅう誰かが宴会を抜けてきて声をかけ、コソコソっと何かをしゃべると頭を下げて帰って行く。
そんな様子を不思議そうに眺めていると
「僕は運がいいからね」と言って微笑まれた。


二度目に会ったのは、年の瀬も押し迫った曾祖母の葬儀の時。

「大きくなったなぁ」なんて言われながらまた少しお喋りした。

また前回と同じように何人かが会話の間におじさんに声をかけてきた。
おじさんも、今回はさすがにすぐには逃げられなかったのか顔が赤らんでいる。
「この時期はいつも村に帰ってたから変な気分やわ」
そう言いながら、瓶のオレンジジュースをラッパ飲みしていた。

「ほな、先帰ってるで、お前もさっさと戻ってきや」
ヒロおじさんのお母さんらしき人が声をかけてきた。
「夜行で帰るから大丈夫や」
おじさんがそう言うと、
「遅れたらあかんえ」とキツめに言い置いて帰っていった。

「これから村にいくん?」
「ああ、うちの実家はお正月は必ず家族で神壇にご挨拶せんとあかんのよ」
「神社に初詣じゃなくて?」
「そうそう、それぞれの家に押し入れぐらいある神壇があってな、お正月とお盆の時だけ扉を開けて御挨拶すんねん。特にお正月の挨拶は大事らしくて、直系の者は全員揃って挨拶せにゃならんのよ」
多分素直に驚いた顔をしていたんだと思う。おじさんはフフッと笑うと
「でも、そのおかげで運が良くなるし、1年間平和に暮らせるんや。僕こう見えて病気一つせえへんのよ」
前ん時も同じこと言うたはったな。
そう思っているとおじさんがポケットから紙を取り出した。
「ちょっと早いけど、お年玉代わりにあげるわ。多分当たってるから」
宝くじだった
それも一枚だけ
おじさんはぼんやりと視線を空に向けた。
ちらちらと雪が降り始めていた。
「あの村は神さんに愛されとる村やから」


その後、雪はどんどん激しさを増し、珍しく積もるほどに降った。
自分たちも予定を変更してその日は曾祖母の家に泊めてもらい、翌日の昼過ぎに帰ることになった。
ビッシャビシャの雪でも関西では貴重な雪。
さすがに雪合戦はしなかったものの、曾祖母の家の前に何個か雪だるまを作り並べてきた。


春近くなって葬儀の時の写真が届いた。
全体的に黒っぽい写真を覗き込んでいると
「ああ、そうそう、ヒロさん亡くならはってんって」
いきなり母が呟いた
「ええ! なんで? 元気そうやったのに」
「なんでかよーわからへんねんけど、自宅のマンションで孤独死したはってんてよ。あの後すぐくらいの時期らしいわ」
数ヶ月前に自分は病気ひとつしないと言っていたのに……。
「親族の方が誰もいはらへんかったから、じいちゃんに連絡が来てな。葬儀やら骨の引き取りやらしてくれへんかって言われたらしいねんけど、相続とかは権利がないから言うて、遺産は全部国が持っていくらしいで」
ええ、それはちょっと……誰もやりたがらないのでは?
「ヒロさん、株やら投資やらで結構稼いではったみたいでな、それも全部持っていかれるらしいで」
そういえば、運がいいと言っていた。
株や投資なども運が必要だから上手くいってたのかもしれない。
「あれ? でもひいばあちゃんのお葬式の時、おじさんのお母さんも来はったよ?」
「ああ、三重だか和歌山だかの村に嫁がはった従姉妹の人な、ヒロさんが見つかった時に連絡したらしいねんけど、既に亡くなったはったらしいで」
「うわ、ずいぶん立て続けやね」
「ほんまやなぁ。そういえばあん時からヒロさんちょっとおかしかったかもしれんわ」

母の話では、あの日の葬儀の後、ヒロおじさんは村に帰る予定だったらしい。
ただ予想外の大雪に交通機関が軒並み運休となり大慌てしていたという。
「自分で運転して行くから車を貸してくれへんか」ってお願いされたらしいが、めずらしくあの時はおじさん自身も飲んでいたため車を借りることができなかったらしい。
「それでもどうにか村へ」と慌てているのをどうにかなだめて、親戚が滋賀の自宅へ送っていったという。

「一人暮らしの自宅やけど、孤独死やったから解剖されてんて、そしたら外傷は何もないのに、内蔵だけがドロドロに腐ってたって。ちょっと不気味やろ?」
「そんなん長いことほっといたら普通に腐るんちゃうの」
「冬やったし、部屋も冷えてたから見た目は綺麗なもんやったんやて。けど、中身だけ潰されたか言うぐらいにぐちゃぐちゃで、土も混じってたとか、……土、食べはったんかなぁ」


母の話はどこまで信じていいものか悩んだが、ふとあの時のことを思い出した。


「運はよくなるんやけど、ちゃんと挨拶できひんかったらその家は回収されてしまうらしいねん」

ヒロおじさんの横顔は頬は赤いのに少し青ざめて見えた。

「お正月帰れへんかったんかな」




あの時もらった宝くじは一万円が当たっていた。

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