見出し画像

【小説】スパークリング・ライチ


田舎の夏は早くきた。プール掃除は君と僕、2人だけだ。
「先生もひどいよな。今日は土曜だってのに」
君は優等生だから先生にも信用されている。だからよく貧乏くじをひく。
「うん。今日は家でゲームしたかった」
僕はシャコシャコと、適当にブラシで擦る。
「だよな!早く終わらせて、帰ろうぜ」
君は濡れないように裾を捲る。浮き上がっているアキレス腱は、普段靴下で隠れているからだろうか白い。
シャツも第2ボタンまで外れている。君の汗が、顎から首につたう。ごくり。僕は思わず唾を飲み込んだ。

チャイム。もう、12時か。見渡すと、プール掃除は8割くらい終わっているみたいだ。
「プール掃除ご苦労さん」
フェンス越しに作業服を着たおじさんがいた。君は軽々とプールサイドに上がった。長めの後ろ髪が宙にふわり。うなじだった。
「用務員さんも土曜なのに仕事なんですね?お疲れ様です」
「最近暑くてすぐに雑草が伸びるからねぇ。ちょうど業者の都合がついたのが、残念ながら今日だったんだよ」
君は、何やら用務員さんと話が盛り上がっているようだ。僕は周り道をして、2人がいる所にたどり着いた。
「いつもありがとうございます」
「あはは、そう言われるのは嬉しいなぁ。そうそう、君たち2人にはこれを届けにきたんだよ」
はい、これと貰ったレジ袋には、赤くて丸いものが5、6個入っていた。1つだけ手にとって見つめる。赤いというよりも、紅い。手の平に乗るサイズで、皮は硬い。
「これ、何ですか?」
「ライチだよ。妻の趣味でねぇ〜育ててるんだ」
「珍しいですね」
「今年は豊作で、余ってもしょうがないからね。お裾分け」
「ありがとうございます!」
用務員さんは休み時間が終わるからと、そそくさと帰っていった。始終君は爽やかだった。

「少し休憩する?」
「えっ、、?」
「さっき貰ったライチ食べない?」
あぁ、そういうことか。
「うん。そうだね」
僕は袋から2つ取り出す。君の指が手の平をなぞる感触。息が止まる。

「…硬いね」
「爪でヘタを押したら剥けるみたい。ほら」
君はいとも簡単に皮を剥く。つるんと白い実が露わになる。
「手、ベタベタになっちゃうけどね」
笑う君は、腕にまで垂れているライチの果汁を舌で舐めとる。僕は見惚れていた。流し目の君と目があった。

君はゆっくりとライチを握る。
齧る。
果汁が溢れる。
じゅるり。指ですくって、舐めてみせた。

ぼとん。落ちた。

君は、人差し指と中指を口の中に入れ果汁を舐めとる。
君の赤い舌がチロリと唇をなぞった。
「美味しかったよ」
焦茶色のガラス玉に釘付けになる。

蝉の鳴き声が、ガンガン頭に響く。
日差しが強くなったのだろうか?
暑い。
君の澄んだ瞳の奥には、僕が映る。
僕は、「不純」だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?