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バチバチに視線を交わした20メートル

あれはあのMさんだったんだろうか。

冬の名古屋駅のホーム。大好きなピアノジャズトリオのライブ帰りの夜のこと。

20メートルほど先で、次の新幹線を待つ人が何人か、こちらを先頭に、柵に平行して並んでいる。私が乗るのはその1本あと。この列を通り過ごしたあたりでベンチを探して待とう。そんなことをぼんやり考えながら、お土産の入った袋をぷらんぷらん揺らしてゆっくり歩いていた。

ふと、気配を感じて、ん?と右前方に視線を動かすと、その列に並んでいる中の一人の男性が明らかにこちらを見ていて、ばっちり目があった。

なんだこのやろ。

相手は目をそらさない。


ここまで無表情でぼんやり歩いていた私だが、ここからももちろん無表情。目も泳いだりしない。歩く速度も変わらない。ただ頭の中はどえらいスピードで思考が巡った。


何あの人怖い、目が合う前から私のこと見てたよな。私なんかおかしい格好してるかな、そんなことないよな、ぷらぷら袋振って歩いてんのが変やったかな。こんなとこでこんな時間に知り合いに会わんし、知らん人よなぁ、ぁ、ぁ、あ!あー!ちょっ、ちょっと待って、あの目。まさか。いや、なんで、ありえへん、そんなわけがない。落ち着け私、表情だけは変えるな、動揺してると悟られるな。

この間2、3秒。私から目をそらす。そしてもう一度、ありえへん、そんなわけがない、と気を落ち着け、視線を戻す。

うわっ、まだ見てる。ずっと見てくる。なんなん。

こうなったら目をそらした方が負けや。そっちから見てきたんやし負けへんで。この勝負受けてたつ。妙な負けん気を発揮して、こちらからもガン見する。そして観察。

小柄で黒いリュック背負ってキャンパス地のトートバッグ肩に掛けて寒そうに前で腕組んでる。黒縁メガネにマスク。私を見る目。

やっぱり私この目を知ってる。一重の三白眼の、特に右目。写真で幾度となく一方的に見つめ合ってきた目。それから耳の形。

やっぱりMさん?今日観てきたジャズトリオのピアノのMさん?大っっっ好きなMさん?ど素っぴんのMさん?私いまMさんと見つめ合ってる?どうするどうする、これどうすんの私。やばい。心臓やばい。どきどきするー!

いや、でもなんで。

Mさんだとして、ライブ終演のわずか数時間後に何故ここに。一人で。それも東京とは反対方向。まあ、Mさん一人のお仕事もあるやろし、関西にゆかりのあるお方やし、なくはないか。

それよりわからんのがMさんだとして、なぜ私を見る。

んー。

んん?もしかしてMさん、私をファンの一人として認識してる?

目を合わせて数秒話したのが、イベント後のサイン&握手会で2回、イベント後の見送りで1回、ファンクラブイベントで一緒に写真を撮ったときに2回、ライブ後の出待ちで2回。

ないな。どんだけファンがおる人やと思てるんや。


10メートル先、ふっ、とここで堪えきれなくなったのか、Mさんかも知れない人が首をうなだれ視線を落とした。

勝った。

そして私は見逃さなかった。視線を落とすその時、Mさんかも知れない人の口元がうっすら笑っていたことを。

この人やっぱりMさんかも。それで私のことファンだと認識してて、こいつ気付いてないなと面白がってる気がするぞ。


今度は私が戻ってきた視線を絡めとる。戦いは続く。

この人、目そらさんなー。


Mさんだとして、プライベートな時間に声を掛けることはしないけど、今はライブのあと。楽しかったと直接伝えられるチャンスなんやけどなぁ。どうしよう。

いや、待て待て待て。客観的に見て。

私いま無表情で冷めきった目でメンチ切ってる状況が続いてるんちゃうかったか。

最悪やん。

これはもう、「あなたなんなんですか、ずっと私のこと見てきて、キモいんですけど」の態度を貫いてやり過ごすしかなくないか。

ひどい。Mさんかも知れない人に対してなんたる仕打ち。

でも見てきたのは向こうやし。まさかと思うけど声掛けてくるなよの先制攻撃やったかも知れんし。声は掛けるまい。目配せも会釈もすまい。

あと3メートル。視線は合ったまま。

並ぶ列と売店の間を行く。ぎりぎりまで視線を交わしMさんかも知れない人の横15センチを通り過ぎる。ホームに新幹線が到着した。

振り向くな。

ベンチに腰掛け、発車の合図を待ってホームをのぞきこむ。いるわけない。やっと力が抜けて、今更ながら心臓がばくばくしていることに気付く。Mさんかも知れない人を見たと興奮気味に友達にラインする。

「そうやと思っとこ。幸せな気持ちになれるやん」

ごもっともです。


あの20メートル。

「Mさんと熱烈ラブビームを交換した遭遇」だったのか、

「ただじーっと見てくる人とメンチ切りあった遭遇」だったのか。

永遠に謎。




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