【短編小説】今夜は鍋。 その②(完)

※前回の続きです。

今夜は鍋だ。

晩御飯が鍋と聞いて、残念に思う人もいるだろう。
そう。私もその一人だ。
しかし、決して嫌いなわけではない。
我が家では鍋の日は、壮絶なバトルが繰り広げられていたのだった。

3ターン目、既に野菜だけでおなかが膨れてきてしまった。
しかし、満足感がない。
1kgのお肉を2パック開けているのに
私自身3~4枚しか食べられていないからだ。
では4ターン目に行くとしよう。

4ターン目に入る前にと、父がギブアップとなる。
父はいっぱい食べろよとか言うくせに
全く子供たちに譲ることがない腹黒い一面がある。
譲り合いなどない。『遠慮した者負け』が父親の教えだった。

こんな教えを乞うため、私が初めて彼女ができた時に問題が起きた。
初めて彼女ができたのは高校1年の秋だった。
お付き合いを始めて、3か月が経った頃、家に招かれた。
家に着くとわかった。そう、彼女はいわゆるお嬢様だった。
入り口には鯉がいる大きな池。
玄関には熱帯魚。
飾ってあるよくわからない絵。
額縁の下手な文字、そして変なツボ。
そんな彼女の両親に晩御飯食べて行きなと言われ、ご馳走されることになった。
晩御飯は鍋だった。どうやらしゃぶしゃぶのようだ。
一枚一枚フィルムに包まれた上質なお肉が出てきた。
どうやら私の知らない世界線のしゃぶしゃぶのようだった。
そして彼女の両親は言った。『遠慮せずに食べてね』と。
私は遠慮せず食べた。とても美味しかった。
ご飯も3回おかわりした。炊飯器を空にした。
その結果、ドン引きされていた。
後日、彼女に別れを告げられる時に言われたのだ。
別れる他の理由と一緒にこの出来事を。
私は時と場が大切なのだと気づいた。

、、、話を戻そう。
4ターン目になると父と姉が完全にフェードアウトする。
しかし締めが待っているため、姉の催促が始まるのだ。
永遠と姉が催促デバフをかけ続けてくる4ターン目だった。
姉の強烈さしか記載していないが、兄は兄で永遠と食べ続けていた。
兄は最後までペースが落ちることはなかった。
筋肉質だが細身の身体。一体どこに入っていくのか。
回転寿司でいうと45皿くらい食べる兄だった。
その化け物の横で頑張って食べていた。
細マッチョの兄に敵うことはなかった私は、なぜかデブだった。
そうこうしているうちに4ターン目でおなかがいっぱいになるのだった。

4ターン目にようやく肉にありつけるようになった。
すでにおなかが膨れていたが、
姉のデバフを気にせずに私は夢中になって肉をかきこんだ。
そうして毎回この後に後悔することになる。
それが最終ターンの5ターン目だった。

鍋の締めは何派でしょうか。
うどん?ラーメン?
我が家では必ず雑炊だ。
米に具材から出ただしをたっぷり吸わせて
溶き卵を半熟ぷるぷる状態で混ぜる。
塩と少量のだし醬油、そしてネギをたっぷりと。
シンプルだが、これが絶品だった。
しかし既に限界だ。いや、限界のはずだった。
一口食べるとあら不思議。するすると入っていく。
しかし、母が作る量が問題だった。

勉強しろ、早く帰ってこい、この道を進みなさい。
母親にこんな事を言われたことがなかった。
しかし、食べ物を残すことだけは厳しかった。
お腹いっぱい状態に対しても、有無を言わさず
食べ続けさせるサイコパスな一面を持つ母親だった。
『出された食べ物は残さないこと。』が母の教えだった。

こんな教えを乞うため、女の子と遊びに行った時に問題が起きた。
初めての彼女と別れ、しばらく経った高校2年の夏だった。
その女の子とは、デコログで引掛けた友人の紹介で出会った。
2人きりのデート。
まだ高校生の私たちは晩御飯を食べることだけでも立派なデートだった。
その女の子はサイゼリヤを指定してきた。
そう。サイゼリヤで喜ぶ彼女だった。
お嬢様ではないのが確定した私は内心少しホッとしていた。
私はいつも通り、ミラノ風ドリアとピザを食べ、それを2回繰り返した。
そして女の子が残した物までしっかり残さず綺麗に食べた。
それから彼女からメールが返ってくることはなかった。
最初は遠慮と我慢が必要だと私は学んだ。

また少し脱線したので話を戻そう。
母はいつも通り、五合の米を鍋にぶち込んだ。
我が家では『残ったら次の日』なんて考えはなかった。
姉と父は1杯だけ食べて一旦終わる。
そして私が鍋をあまり食べていないと指摘してきて食わせる。
私は既に胃袋がはち切れそうだが、兄は黙々と食べていた。
負けたくない一心で私は食べ続けた。
無心で食べ、3杯目から5杯目はいつも記憶が無かった。
そして最後の追い込みで、みんな1杯ずつ気合いで食べて完食する。

ようやく終えた戦いだった。
父は、満足そうな子ども達を見て満足そうにしている。
姉はテレビを見る。
兄はトレーニングの本を読む。
私はゲームをする。
そして母が『足りた?ウインナー焼こうか?』と聞いてくる。
みんなで『食えるか!』と、言う。

私は鍋の日が嫌いだ。

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