【短編小説】今夜は鍋。 その①

今夜は鍋だ。

晩御飯が鍋と聞いて、残念に思う人もいるだろう。
そう。私もその一人だ。
しかし、決して嫌いなわけではない。
我が家では鍋の日は、壮絶なバトルが始まるのだ。

父・母・姉・兄、そして私の5人家族だ。
父親はプロ野球候補のバリバリの元スポーツ選手。
母親は鍋の日はひたすら食材を運ぶ係となる。
姉は関西でベスト4のテニスプレーヤー。
兄は高校日本代表候補のラグビー選手。
そして、私は肩書のないラグビー選手。
さあ1ターン目が始まる。

母親が昆布でだしを取っていた。
今夜は水炊きのようだ。
大人になった今ではポン酢派だが、
当時の我が家は全員ごまだれ派だった。
私は、水炊きとすき焼きが嫌いだ。
なぜなら末っ子の私に『ごまだれや卵』が
回ってくるのが最後だからだ。

1ターン目のお肉はたれ待ちのせいで出遅れてしまう。
先に具材を取って後からかければいいじゃないかだと?
私は姉からたれを受け取り、兄の器にたれを入れなければならない。
そう。私と兄は絶対服従関係だった。
兄の機嫌を伺い、兄の言う通りにする。
それが私の生き方だった。
そして今は上司のグラスにお酒を注ぐ。
上司の顔色を伺いながら仕事をする。
そんなつまらない人生を歩んでいるのだ。

さて、悲しくなるので鍋に話を戻そう。
1ターン目は、先制攻撃で防御力無視の
痛恨の一撃を確定で食らう。
そんなクソゲーが水炊きだった。
残ったお肉は良くて1枚。
ない時がほとんどだ。

野菜を取り、第2弾の具が登場。
さて、2ターン目が始まった。
特徴はみんなそれぞれにお肉を育てていることだ。
狙っている肉をそれぞれ手前にしれ~っと置いておくのだ。
技名は『サイレントキープ』。
とにかく早く1枚目を食べたい私には、
この技がかなり重要だった。
家族団らんの雑談中でも、話そっちのけで
神経を研ぎ澄まし『サイレントキープ』をする。
少しでも油断してお茶を入れようもんなら
姉のサービスエースや兄のジャッカルをくらう。
決して油断はできないのだ。

2ターン目は、ひたすら防御して
相手のMPが尽きるまで我慢する立ち回り。
『話聞いてるの?』っと、何度言われたかわからない。
関係ない、肉のためだ。こうして確定で1枚の肉を食う。
まれにだが、底に眠りし伝説の取り残され肉も手に入った。
肉ばかり書いているが、当然野菜もどっさりだ。
ちなみにだが、白菜は最低1個半はいるらしい。

さあ、3ターン目の始まりだ。
姉はこの辺でペースが落ちる。
しかし、肉だけは食べ続けるのだ。
そして、姉が肉を取る時に私側に緑の物が押し寄せる
『フォレストスライド』を発動してくるのだ。
肉を取りたい欲望の塊と化した姉は止められない。
とにかく緑と合わせて肉を取る。
そうして3ターン目を乗り切るのだった。

3ターン目は、姉が特殊効果を発動してくるため、
素早さを上げて姉より先に行動するか、
効果を受けながらお肉貫通攻撃をする必要があった。
野菜を食べ過ぎておなかが膨れてきた。

続きます。


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