kaarna カールナ

過去、今、未来への想像をマイペースに書いていきます。

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最近の記事

自然に飢えていない自分

30代前半は、とにかく疲れていた。 当時は仕事柄休みが不規則、少なめだった。休みで疲れを100%癒すことができず、疲労が溜まりに溜まって体調を崩し。。 転職をしてマイペースに過ごしている今に至る。 住んでいるところも影響していたと思う。 家がぎっしりと詰まった住宅街に住んでいた。山や海なんか見えるわけもなく、幹線道路が近いので車も多かった。 家の最寄り駅からは数分でターミナル駅に着く。よく買い物にいったが、平日休日関係なしに人が多い駅だった。 常に話題のカフェがあったり、

    • 本屋での経験

      私の住んでいる所では大型の本屋というのがすっかり無くなってしまった。 そして、なんとなく立ち読みして、気に入った本を購入するという経験もすっかり無くなってしまった。 私が学生の頃は待ち合わせまでの時間潰しで良く本屋に行ったものだった。待ち合わせ自体を本屋で、というのもよくやっていた。 今ほどネット社会ではなかったから、情報源はまだまだ本だった。新鮮な情報があふれ、飽きることなくいくらでもいられた。 そういえば、中学生の時の夏休みの課題について思い出した。 ある国を選んで、

      • 情緒の起伏が激しい8月③イベント続き

        9月も半ばだが、まだ8月を振り返っている私。 仕事はそれなりに締め切りを意識するけど、プライベートはぐだぐだな自分を再認識させられる。 普段、私は予定を入れるのが苦手なのだが、8月は頑張った。人間ドック、相撲の巡業、そしてアーティストのスタジアムライブ。これを3日間でこなした。 普段からアクティブな人にとってはこれくらいなんてことないだろう。 だが、休日でも起きて食べて寝てという、それ以上形容しようがない一日を過ごしている自分としてはこなせるか不安になる予定の詰め方だ。

        • 情緒の起伏が激しい8月②母の入院

          8月に母は二回も入院した。 以前も救急車で運ばれていたが、最近は体調が安定しているようだったから安心してしまっていた。 母が心配なのはもちろんだが、仕事を早退してお見舞いに行ったり、実家のことをしたりと物理的にもイレギュラーな動きが多く、自分の気持ちを落ち着かせるのが難しかった。 そうすると気のきかない父にイライラしてしまって、言葉をぶつけそうになった。 いやいや、父も70代前半でそれなりに高齢だし、 自分のことは自分でやっているから助かっているし、家もある程度はキレイ

          情緒の起伏が激しい8月①高校野球編

          8月も最後の日。振り返ると今月はいろいろあった。(自らイベントを設定したのも原因だが) まずは高校野球。熱戦が続き、休憩時間や退勤後など、多くの時間を高校野球に費やした。 リアルタイムで試合を観戦するときは、関係者でも何でもないのに、ハラハラしたり、叫んだり、泣いてしまったりとこちらとしても体力を使う観戦となった。 どうしてもリアルタイムで観戦することができない試合は、仕方なくハイライト動画を見る。しかし、さすがハイライト。見どころある場面を濃縮しているので、見ていると

          情緒の起伏が激しい8月①高校野球編

          女性の選択

          先日カフェにて隣にご高齢の女性たちが座られた。 杖をついて歩く女性が二人とその家族の5、60代の女性が一人の三人グループだった。どうやら高齢女性二人の姪っ子さんのようだ。 姪っ子さんは明日、映画館で映画を見ようと誘っていた。高齢のお二人はとても嬉しそうな声でその誘いにのっていた。 そしてふと、 「今まで自由に生きれなかった分、今、好きなことができて一番楽しい」 とおっしゃっていた。 今までずっと旦那や子供のこと、親の介護などでいっぱいいっぱいだったから、旦那もいなく

          電子レンジなし生活

          今の家に住んで2ヶ月経とうとしている。 同時に電子レンジなし生活も2ヶ月経とうとしている。炊飯器もオーブントースターもなくて、買おうと思っていたのに、買わずにここまできてしまった。 なぜこんなことになったのか。 10年以上一人暮らししていたが、諸事情で一度実家に戻り、また一人暮らしを再開した。 以前の一人暮らしでは電子レンジも炊飯器もオーブントースターも使っていたのだが、実家にあげたり手放したりしたので、今回の一人暮らしではこれらの家電がない状態でスタートしたのだった。

          電子レンジなし生活

          健康って基本的なことを繰り返すこと

          数年前、私は健康診断にいつも引っかかっていた。貧血だったのだ。 タンパク質をとれとか、薬をとるのもいいとアドバイスを受けた。 めまいや疲れやすいという自覚症状もあったので、漢方薬局に相談したこともあった。 当時、漢方薬局でのカウンセリングではこんなやりとりをした記憶がある。 お店の方:毎日決まった時間に食事がとれていますか。 自分:仕事柄難しいです。時間はバラバラ、夜は23時とかですね。 お店の方:自炊してますか? 自分:仕事の日は朝だけ。夜はコンビニで買っています。

          健康って基本的なことを繰り返すこと

          人生で一番穏やかな日々

          私は今、人生で一番こころ穏やかな日々を過ごしている。 振り返れば、学生時代は学校生活独特の友人関係、家庭環境、自分に対しての嫌悪感、と何かしら不安をかかえ、常にもやもやストレスを抱える日々だった。 就職してからようやく自分で自分の生活をコントロールできる部分が増え、私は解放感を味わった。とはいえ、慣れない仕事やら仕事への向き合い方に迷い、また自分自身とも真剣に向き合う年ごろになり、ここでも常に何かしら抱えていて、ストレス発散に旅行に行ったり、買い物をしたりと繰り返していた

          人生で一番穏やかな日々

          海のある町 一軒家一人暮らし

          友人が家を相続することになった。そこに私が住むことになった。自分の人生において予想外の展開のようで、不思議なほど自然な流れで決まった。 ちょうど一年前くらいだった。友人の親戚のおばさんが亡くなり、その家を相続することになったと知らされた。築40年ほどの一軒家。旦那さんも亡くなって、子供たちはそれぞれ家庭を持って独立。おばさん一人で住んでいたそうだ。 普通であれば家を取り壊し、土地を売るのだろう。ただ、彼女は実家に近いその家を自身の第二の拠点として使いたいようだった。 彼

          海のある町 一軒家一人暮らし

          自分がどこにいれば最適なのかは自分で決めなければ

          以前、私は大企業と呼ばれる会社に勤めていた。 仕事をしていなかったわけではないが、貢献できているのかはなんとも言えない日々であった。 仕事に対して自信が持てず、日々、悶々としていた。 そんな毎日のストレスを、連休で旅行にいっては発散していた。 リフレッシュにはなるけれど、根本の解決にはならなかった。 今はその頃に比べると収入は低い。 でも気持ちが満たされていれば、以前のように旅行に行かないとやってられない!といった気持ちにならない。特に物欲も湧かない。 足るを知るといっ

          自分がどこにいれば最適なのかは自分で決めなければ

          スポンジを大きくするのか絞るのか放置するのか

          昨年は仕事をしていない関係で時間があったこともあり、本をそれなりに読んでいた。 図書館へは月に2回ほど行き、そのつど3冊くらいは借りていたので、一月に6冊以上読んでいたと思う。 しかし、最近はあまり本を読んでいない。 読めても雑誌のコラムやnoteの記事いった短文だ。 たまに本を読み始めても数ページ読んですぐに休んでしまう。 仕事でないので無理に読む必要ないのだが、どうにも以前と感覚が違うなと戸惑っている。 電車の中では外をぼーっと眺めたり、寝ないとしても目を閉じて音楽

          スポンジを大きくするのか絞るのか放置するのか

          歳を重ねて動物に癒されるようになった件

          記憶がある限り、母は動物の動画が昔から好きであった。 朝の情報番組、夕方の情報番組の数十秒を逃さないようにどのチャンネルで何時ごろ放送するかを把握しており、器用にチャンネルを変えていた。それは今も続いている。 私は母がこんなに夢中になっているのが理解できなかった。 私も昔から動物は嫌いではないし、見たらかわいいし癒されるのも理解できる。 でもここまで執着することはなかった。 そんな私も歳を重ねて価値観に変化が見られた。 猫カフェに行き何をするでもなく、猫と一緒にいる時間を

          歳を重ねて動物に癒されるようになった件

          ヴィオラ母さん追悼

          先日、ヤマザキマリさんのお母様が亡くなったことを知った。 マリさんがお母様のことを書かれていた「ヴィオラ母さん」を読んでいたので、あのたくましいお母様が。。と会ったこともないのに寂しい気持ちになってしまった。 この本は上の記事に書いたとおり、思わず泣いてしまった場面もあったのだが、読み終わった後はスッキリとした気持ちになる。 自分も今を大切に生きようと思わせてくれる本だ。 リョウコさんはただただ、自分の信念を大事に1日1日を必死に過ごしたのだと思うのだけれど、ヤマザキマ

          ヴィオラ母さん追悼

          「日常」を大切に

          20代の私はとにかく刺激を求めていた。 興味のあることはできるだけ挑戦したかったので、料理やら英語やら習い事をしていた。休日は必ず予定を入れていて、連休のたびに旅行していた。 家は寝に帰るところで、1日家で過ごすなんて20代の間では数えるほどしかなかった。 どんどん行動して、新しいことをやっていかないと自分が腐ってしまう。そんな風に考えていた。そうしないと自分の人生を楽しんでいることにならないとさえ思っていた節がある。 それが今は考え方がガラッと変わってしまった。 土日

          「日常」を大切に

          伝えるために生まれてきた人たち

          多くの人々に何かを伝えるために生まれてきた人がいるのだと、曲を聴いて改めて認識させられたことがあった。 そういう人たちは亡くなった後でも数々の言葉や行動を残している。 例えばブッダという人。かなり前の人だが今だに人々に新鮮な気づきを与え続けている。それだけ人々が忘れがちな大切な真理を物語っているということのように思う。 または、歴史上悪人と言われた人々。そんな人々も、かつては人々に崇拝されるぐらいに支持されていたりする。人々の常識など時代時代で変わっていくことを示してい

          伝えるために生まれてきた人たち