2015.9.8 「お化粧しますか」

 訪問医が帰ってしばらくして、看護師が到着した。何時だったのか、どんなことを話したのか、その場に誰がいたのか、今となってはほとんど思い出せない。ただ、彼女が今までの訪問と変わらず、穏やかで淡々とした様子だったことにほっとしたのを覚えている。もし、母や私たち家族に対して悲しみや哀れみを少しでも大げさに表したなら、私はそれに反応し、取り乱したろうと思う。

 看護師さんが処置をしてくださったあと、一緒に体を清拭し、白いレースのブラウスに着替えさせた。看護師さんが「お化粧しますか」と聞いた。母は普段化粧をしないし、好んでもいなかった。どうしようか迷っていたとき、母の容態を心配していた大叔母の顔が浮かんだ。若いころの母と暮らしたこともある彼女は、自分より先に母が逝ってしまうことなど受け入れ難いだろう。年長の彼女に、せめて元気な顔色の母を見せてあげたいと思った。そうして、ほのかに頰と唇を染める化粧をした。