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ローマ亡き後の地中海世界

人間とは、良かれ悪しかれ、現実的なことよりも現実から遠く離れたことのほうに、より胸を熱くするものである。つまり、心がより躍るのだ。中世人の信仰心が高まったからこそ、十字軍は起こったのである。だがその信仰心の向う先は、聖地でなければならなかった。聖地の奪還であったからこそ、あれだけ多くの人々を巻き込んだ、あれほども長くつづいた大衆運動になったのである。拉致された不幸な人々の奪還では、一時的には十字軍であっても、連続した十字軍にはならなかったのだ。そしてこれが、ヨーロッパの歴史では、地中海の海賊という一千年もの間つづく現象が、重要視されること少ない理由ではないかと思っている。

外交では、右手で殴っておいて左手を差し出す、というようなことをよくやる。手を差し出すくらいならば殴らなくてもよかったではないか、と言う人は、善意の人であることは認めるが、外交とは何かはわかっていない、と言うしかない。もちろん、殴らないで済めばそれに越したことはない。だが、殴られてはじめてOKする、という例が多いのも事実であった。

この時代の人であったマキャアヴィッリは、憎悪されても軽蔑だけはされてはならない、と書いた。また、政治では愛されるよりも恐れられるほうを選ぶべきだ、と書いている。なぜなら人間は、自分を愛してくれる人は簡単に捨てるのに、怖れている相手からは容易に離れられないからである、と言うのだ。個人の間の問題ではなく国と国の間の問題をあつかう外交では、軽視されたり軽蔑されたりすることは実害をもたらすことにつながるゆえに、絶対に避けねばならない最重要事なのであった。

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