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SHARE STAND HIRAI オープンにあたって

江戸川区平井は私が生まれ育ったまちである。
その一角に2023年4月1日、SHARE STAND HIRAIがオープンした。
私はその設計・施工をし、そしてこれから管理人をすることになった。
最初の週末のオープニングイベントを終えたところでいくつか記録をしておきたい。

敷地と経緯

場所はJR中央総武線平井駅南口を出て3分、Y字路の先端にある三角形の小さな空き地。かつての三業地の入り口、元料亭の敷地の一角、2坪強しかないが、非常に象徴的な立地である。

この空き地は屋根だけ架けて長年駐輪場として使われていた。そのままにしておくのはもったいないと思い立ったオーナーが、シェアキッチンのような場所を作りたいと考え至り、いつもアクロバティックな人の繋ぎ方をするT氏に相談。「これは内海しかいない」と紹介されたのが2022年末のこと。何かやってみたいオーナーと、おもしろいスペースが向こうからやってくるという、私にとっては鴨ネギと言っても過言ではない状況に、二つ返事で乗った。

それから毎週のように打ち合わせとリサーチを重ね、目指す姿を共有し、方法を議論した。そしてオーナーは夏の間東京にいないので、オープン後の管理人も私がすることになった次第である。

毎週のようにお邪魔した近所の角打ち「薫酒や いこう商店」。ここに集まる人たちと一緒に飲んで、いけるぞ、と思った。

「シェアスタンド」という方針

スタート地点はシェアキッチンだった。日替わりで店主がやってきて、コミュニティのきっかけとなるようなシェアスペース。飲食店営業許可などを取ろうとすれば、時間とお金がかかることが予想された。
しかし、どんな使われ方をするのがこの場所にとって一番おもしろいのかわからなかったので、まずはライトに、いますぐにでも始めてみましょうよ、と提案をさせてもらった。
とりあえず設備はなし。まずは短期間でテーブルだけ作ってみる。その状態で使ってみて、この場でできること、必要なものを考える。そのような方針が最初の数回の打ち合わせとリサーチのうちに共有された。

方針に大きな影響を与えた、桜新町の持ち寄り屋台。

空間の作り方について

初めて話を聞いて敷地を見た時に思いついた2つのことが、屋台制作の大きなコンセプトになった。1つめが「ぼんやりと光らせたい」ということ。ぼんぼりのようにまちかどを照らし、人が吸い寄せられるような場所にしたいと思った。

カウンターのモックアップ。ポリカの波板を通して柔らかい光が漏れるようにしたかった。

2つめが、「三角形の敷地を生かしたい」ということ。象徴的な立地を意識しつつ、室外機等を避け、非常に狭い敷地を有効利用するために、天板は三角形にすることにした。

折よく、近所の「平井の本棚」のイベントスペースが改装されることになり、廃材が発生した。このスペースの内装は以前私がDIYでやらせてもらったものなので、自分で切ったり塗ったりした材料である。それを引き取って転用することにした。

引き取った材料の一部。家族の寛大な理解を受け実家で保管・作業した。

最初は、磨いて塗装しなおすつもりでいた。しかし現地に材料を置いてみると、くすんだペンキの屋根、ガタガタの地面、汚れた壁、周囲の道路や建物と釣り合うためには、元の廃材の素材感のままの方がいい気がしてきた。結局まばらな材質や塗装が生かされることになった。

諸々の都合から、3月31日まで駐輪場として利用し、翌4月1日にはシェアスタンドをオープン、というスケジュールになった。また、稼働していない日には畳んで片付けることも必要と思われた。それを実現するために、車輪付きで小さく折りたためる、屋台式のテーブルを制作することになった。

畳まれた状態の屋台。廃材の緑がアクセントになっている

既存の屋根にも少し手を加えた。Y字路の方を向いている掲示板から、敷地形状を象ったロゴを切り抜き、内照式のサインとした。道路形状的に見えやすい右側の辺をエントランス面とし、屋根からビニールシートの暖簾を下げた。裏となる左側には、物をかけたりでき、また風を受けにくいワイヤーメッシュの壁を垂らした。(これらは相互に緊結されて既存の屋根の補強となっていることを期待している)

そうして始動から3ヶ月でできたのがこのスタンドである。

さて、私たちは何をしたいんだ?

オーナーと私の間で、何をしたいんだ?ということはいつも話し続けている。2人の間で共有している手応えはあるが、人にうまく伝えるところまでは至っていない気がする。

今更だが、私もオーナーも「平井が大好きです!」と言うつもりはない。「このまちには何もない」という人に共感するところもあるし、別にオシャレなまちになってほしいわけでもない。

ただ、2人とも平井で生まれ育って、一度平井から離れてみたあとに、なんとなくこのまちの居心地の良さ、おもしろさ、愛着を再認識したのである。これを発見し共有できるような場、きっかけがほしい、という感覚はあるだろう。

ここからは私個人の見解。私は数年来、歩行者天国を中心に公共空間に身を置きリサーチをしてきたが、最近考えていたことがあった。それは、自分がいなくなったら回らない場にしてはいけない、ということである。
ちょっと前まで、自分が運営する場は自分が責任を持ってセッティングして、気を張り巡らせてトラブルがないようにしないといけない、と思っていた。でもそれだと、自分がいない時には何もできなくなりかねない。それよりも、その場にいる人がコストやリスクを分散して持っていた方が、なんだかんだうまく回るんじゃないか、と思うようになってきた。

それが「シェア」スタンドにもふさわしい姿じゃないかと思った。私有地とはいえ屋外で、周りには住宅も多い。飲食店などともいい関係を築いて協力してやっていきたい。気を配りたいポイントは少なくない。しかし、私が管理人になるとしても、毎回来るわけにはいかないだろう。自分がいなくてもある程度成立する場にしないといけない。そう考えると、私が責任を逃れたいという意味ではなく、他の日替わり店主やお客さんとも、ここがどんな場所であるかの認識を共有して、協力してやっていくことが望ましい。

オープニングの日

4月1日と2日の週末でオープニングイベントを開催した。
営業許可は取っていないので、隣の隣の平井珈琲さんにビールを販売してもらい、その他のつまみ等は持ち寄り、という形をとった。おもてなしとしては不十分と言わざるをえないが、まずはそれで試してみることにした。また先述の通り「私が管理人です」という場はしたくなかったので、なるべくそのような振る舞いをしないようにした。

しかしこれが功を奏したようである。こちらで大したことをしないぶん、驚くほど多くの人が「自分に何ができるか」を考えてくれた。差し入れを持ってきてくれる人、容器やクーラーボックスを貸そうとしてくれる人、人を連れてきてくれる人。気づいたら、お客さんだったはずの人が、「ここなんですか?」という人にこの場所の説明を試みたり(私でもかなり難しい)、自分が店主になったら何をだしたいかとか、誰を連れてこようか、などと話し合っている。

そしてさらにおもしろいのは、店主も客もなく、「たまたま居合わせた人どうし」のコミュニケーションが展開されていることである。わざわざ遠くから来てくれた人も、近所の店の常連さんも、たまたま通りがかった人も、何事もなく同じテーブルを囲んでいる。私やオーナーが敷地の外にいたって何も変わらない。

これはオープン早々、ひとつの理想形を見てしまったかもしれない。

撮影:遠藤宏

果たして「コミュニティを作りたい」のか?

オーナーと会話する中で「コミュニティを作る」という言葉は度々出てきた。人と人が新しい出会いをし、つながることはずっと意識していた。しかしオープニングの風景を経て、私は少し違うことを考えている。自分は「コミュニティを作りたい」わけではないのではないか。あえてコミュニティという言葉を使うのであれば、どちらかというと「コミュニティを溶かしたい」のではないか、と。

例えば町内会やご近所さんの繋がりはわかりやすいコミュニティである。同じ店に通う常連の仲間もコミュニティであろう。一方、シェアスタンドには、住んでいるところも違う、よく行く店も違う、そういったものを共有していない人が集まっていた。普段だったら当たり前で話すこともないようなことを、改めて話すようになる。これはもしかして、ここでコミュニティが生まれているというより、コミュニティの外に出ている、と言った方がいいのではないか? 

オープニングのイベントで、一時、私も含めて互いによく知っているグループの人たちが集まっていた時間があった。その人たちが訪ねてきてくれたことはとてもありがたかったし、楽しかったのだけど、ここでやりたいことではないな、と思ってしまった自分もいた。

私がやりたいことは、ここで新しいコミュニティを作ることではなく、他のところでできているコミュニティどうしを出合わせ溶け合わせることかもしれない。そして、それが実現できるのは、屋外で誰が入ってくるかわからない、誰もが単純なお客さんではいられない、日によってやってることが違うかもしれない、そんなシェアスタンドならではないか、と、思ったのである。

というのはまだ始まったばかりの所感である。本番はこれからだ。この場所が見せてくれる景色が楽しみでしかない。試行錯誤しながら、気負わず細く長く、やっていけたらと思っている。

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