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障害者による芸術文化活動から「バリアフリー」を考える

2019年12月8日、沖縄県与那原町にて、全ての障害・難病のある方、そのご家族や介助者の方を中心として、誰もが参加可能なバリアフリーコンサート、「美らサウンズコンサート」が開催されました。このコンサートは、文化庁の「平成31(2019)年度障害者による文化芸術活動推進事業」 の、共生社会の実現に向けた文化芸術プロジェクトに採択されています。弊社は今年度、本コンサートの評価支援、将来展望も含めたマネジメント支援という形で関わってきました。

バリアフリーとは、

「物理的な障壁のみならず、社会的、制度的、心理的なすべての障壁に対処するという考え方」 (バリアフリー・ユニバーサルデザイン推進要綱 内閣府)

と定義されています。これはご存知のとおり、簡単なことではありません。障害者の方に限って言えば、ある種別の障害者の方に物理的・心理的に対応すると、他の種別の方にとっては障壁になってしまうなど、難しさがあります。今回のコンサートでも、障害種別を限らず、また、健常者にとっても小さな子どもにとっても、誰もが様々な障壁なく来られるためにはどうすべきかが熟慮され、設計されてきました。結果として、コンサート後実施したアンケート(有効回答数:176)からは、

・安心して参加できたという方:99%
・(当コンサートは入場無料だったが)有料でも継続を望む方:94%

など、多くの肯定的な声をいただきました。また、障害・難病のある方の申し込みは、細かく分けて20を超える種別の方から95名あり、アンケート回答では35名の方から声をいただきました。「バリアフリー」を実現できた瞬間だったと言ってよいと思います。これは、多様な人が、感動の体験を共にした瞬間だったから、またそれにより、多くの人の考え方・価値観がシフトした瞬間だったからだと考えます。

弊社では社会課題解決や社会的包摂に向けた芸術文化活動の支援実績が複数ありますが、本事業については、バリアフリーおよび共生社会の実現において、他の参考になる特筆すべき点があったので、ここにまとめようと思います。(詳細の評価結果は、また別途公開予定です。)

成功の要因として考えられるものとして、以下の3つがあります。

①当事者の視点を含めたコレクティブなプロジェクトチーム
②不測の事態も見据えた万全の体制
③地域に住む人たちの顔の見える関わり

①当事者の視点を含めたコレクティブなプロジェクトチーム
一つ目は、プロジェクトチームがコレクティブであり、そこに障害・難病のある方当事者の視点が入っていたということです。コンサートの企画・運営の中心は(一社)琉球フィルハーモニックですが、その他多様なメンバーを合わせた約10名のプロジェクトチームが結成されていました。特に重要だったのは、当事者の方を含めて障害・難病についての専門知識がある方が複数いたこと、芸術文化に関する専門家がいたことでした。

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与那原町の福祉課の職員、社会福祉法人の方、障害のあるアーティストの方、音楽療法士、教育委員会の委員、公民館館長、大学准教授等、異なる組織や機関から、多様な専門性を有するメンバーが集まっていました。障害者のための(あるいは障害者による)芸術文化活動が企画されることはままありますが、こうして多様なメンバーが集まって実施する例は、多くはありません。特に障害者の方、障害のあるアーティストの方、また、(ご家族にいらっしゃる、お仕事で接するなど)普段から障害者の方と接する方も複数いたため、コンサートの企画・運営において、どこに、何があったらよいのか、事前にどのような案内があった方がよいかなど、丁寧な設計が可能となりました。何よりアーティストとして障害のある方が参加し共に舞台を作り上げたことで、彼らのファンという来場者ももちろんいらっしゃいましたし、オーケストラのメンバーからも「障害者施設等での演奏はありましたが、ゲストでの共演というのは初めてで、とても良かったと思いました。」「「バリア」を作ってしまうのは障害のある当本人たちではなく周りなのでは、と感じた」といった声が上がりました。

チラシ裏面guest

曲目についても、音楽療法士から最後は元気のよい曲ではなく、ゆっくりとした静かな曲で帰っていただくのが、精神障害の方等にもよいという提案がありました。写真撮影に戸惑う方もいるだろうからと、受付すぐの場所に写真NGを表明する、赤いリボンのバッジが置かれました。告知についても、自治体から地域の社会福祉施設にチラシが配布されたり、教育委員会の方経由で特別支援学校に声掛けがあったりと、広く地域を網羅する形で行うことができていました。弊社の担当したアンケートの作成と分析においては、字体やサイズ、ルビ振りについて、メンバーからご意見をいただき、より多くの方が答えやすい、より「バリアフリー」な形にすることができました。

アンケート写真

こうしたプロジェクトチームを半年という短い期間の中で実現できているのは、琉球フィルハーモニックが沖縄県という場所に根ざし、地域内連携を元々多く行っていることが大きな要因だと考えられます。

②不測の事態も見据えた万全の態勢
コレクティブなチームが大事にしたのは、当日の万全の態勢でした。「バリアフリー」ということを実現するために、どの種別の障害の方にはどこに位置していただくのがよいのか、前方には寝ころべるスペースを、左右には車いすやストレッチャーで入れるスペースを広く、耳の不自由な方のためにキンボール(振動で音が伝わる大きなボール)を設置する、チラシにはあらかじめその配置図を出すなど、多くのことが詳細に議論、準備されました。雨天の場合にはどうするのか、発達障害の子どもが走り回りたいときにはどうするのかなども、それぞれの視点に立って、安心に先立つものとして、安全性について熟慮が重ねられました。当日は400名程度の来場者が予定されていたこともあり、出入り口の誘導や、お手洗いの設置、マットの少しのふくらみにもつまずかないかなど、最後まで細やかな議論と修正が重ねられ、当日には看護師を含む複数の医療従事者が配置されました。当日は多くの来場者がいらっしゃいましたが、大きな問題なく、無事に終了し、安心できるコンサートだったという声を多くいただいています。バリアフリーを目指し、多様な人の参加を想定したコンサートの実施には、多面的な万全の体制が必要だと改めて考えさせられました。

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(前側は寝ころべるフリースペース、左右も車いすやストレッチャーで入るために広くスペースをとってある。上段は前日のリハで会場チェックをする様子。下段は当日の様子。)

③地域の人たちの顔の見える関わり
与那原町の観光交流施設で実施された本コンサートでしたが、先にも述べたチームのおかげで、地域住民、周辺大学、高等学校、特別支援学校の先生等から、当日数十名のボランティアが参加していました。これらはチームメンバーからの声掛けもあって実現したことですが、お母さんと一緒に参加していた小学生から、リタイア後のボランティアの方まで、老若男女問わず地域住民を中心とした人々がボランティアに取り組む様子は、コンサートの活気、安全、安心に貢献していたと言えます。「バリアフリー」や「共生社会」の実現においては、将来的にそこに暮らす人々が変わっていく必要があり、人々の顔が見えるということが重要です。ボランティアを含むコンサート運営側へのアンケート(有効回答数:40)では、

・本コンサートをとおして多様性の理解が進んだ方:95%

でした。本コンサートだけでなく、今後も与那原町や沖縄県が、「バリアフリー」や「共生社会」の実現に取り組んでいくためにも、こうした地域住民が参加する仕組み、きっかけ作りは重要だと考えられます。加えて、ボランティアだけでなく、ウェルカム演奏に、琉球フィルが運営する「那覇ジュニアオーケストラ」の子どもたちも舞台に出演しました。こうした取り組みにより、次世代の音楽家にも、バリアフリーの意識が継承されていくことが想定されます。

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チーム、安全のための体制、地域の方の関わりと3つの要因を挙げましたが、いずれもやはり時を共にすることと、人の考え方の重要性を強く感じました。共生社会やバリアフリーを実現するために、制度が変わることはもちろん重要かつ強力ですが、そこにいる人々の考え方が変わることは同様に重要なことです。考え方が変わるには、自分自身や家族など身近な人が当事者であること(当事者となること)はもちろん、当事者の方との直接的な接点が増えることがきっかけとなります。当事者の方との(メディアで知るなどの)間接的な接点が増えることも挙げられますが、バリアフリーを「知る」ことと、「実感・実現する」ことには圧倒的な差があり、こうしたコンサートは、単純な音楽の機会提供だけでなく、多様な人々との具体的な接点づくり、時間を共にする場づくりとなることで、人々の価値観を変容させることにもつながると実感しました。

バリアフリーの実現のためには、実現したいと思う側が、各視点に立って考える。障害のある方、困難を持つ方など、バリアがあると感じやすい方が、直接関わる、共に過ごす状態を作る。オーケストラのメンバーがアンケートに書いたとおり、バリアは周りが作っているもの。障害・難病ということに限らず、小さなお子さんがいる家族や、今までそういった機会がなかった方など、芸術文化に対してバリアを感じている方は多い。こうしたバリアをなくしていくためにも、どう感じているのかを聞き、考える、時間を共にする。多様な人全てを網羅することは事実上不可能で、どうしてもカテゴリ的になってしまう可能性はあるけれど、そこを多面的に熟慮する。そうすることで、新たに関わる人々の考え方が変わり、より大きな流れに変わっていくのだと感じさせられました。

弊社は今後も、「バリアフリー」や「共生社会」など、より良い社会の実現を目指して、レバレッジポイントを探し、支援を続けていきます。

(ケイスリー株式会社:落合千華)


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