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ケイスリー代表の幸地です <第4回:ソーシャル・インパクト・ボンドを追いかけた先にあったもの>

ケイスリー代表の幸地正樹です。5回にわたり、創業にまつわる話を綴っています。

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(創業3年目の沖縄合宿風景。真ん中が私です)

私は、行政コンサルタントをしていた時に、TED動画で「ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)」の存在を知って衝撃を受け、「これを日本に導入しよう!」という使命感に燃え、2016年に起業しました。

それから5年余り。今回は、SIBの導入・普及に奮闘することで見えてきたこと、そしていま思うことについて、お話したいと思います。


国内初SIBに挑む

ケイスリー創業後、まず取り組んだのは、国内初のSIBを作ることでした。

それまで、経産省や日本財団などと進めてきたパイロット事業は、コストをすべて経産省や日本財団が負担するなど、いわば実験室でやっているようなものでした。それを、いよいよ実社会に持ち出す。それには、SIBのメインプレーヤーとなる自治体の存在が必要でした。

そこで出会ったのが、八王子市でした。

八王子市では、数年前から大腸がん検診を推進していましたが、何年も検診を受けていない層にはなかなか届かず、有効な手立てを必要としていました。大腸がんは、近年、国内で患者数が増えていますが、早期に発見すれば死亡リスクを減らせるし、そのための便潜血検査も安価で安全とされています。

一方、市から委託されて、市民に検診の通知ハガキを送る事業者には、受診率を上げるアイデアはあるものの、これまでのやり方よりコストが高くなる上に、新しい方法なので上手くいくか分からない。そんな状況でした。

これまでの方法では改善が見込めない状況に、新しい解決策を試す。通常なら、失敗を恐れて行政が踏み出しづらいところを、SIBは、「成果に応じた支払い」によってハードルを下げ、挑戦を後押しする。

八王子市の大腸がん検診をとりまく状況は、まさにSIBの力が生きるものでした。

0→1の達成

こうして、八王子市が「行政」、キャンサースキャンが「事業者」、さらに、みずほ銀行などが「資金提供者」として加わってくださることになり、このメンバーで、国内初のSIBを誕生させる挑戦が始まりました。

ケイスリーは、3者のバランスを調整し、SIBが機能するように全体をアレンジし統合する「中間支援」の役割を担います。

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しかし、いざ検討を始めると、次々と難題が浮上。毎週のように「もうこれで打ち切りか」という窮地に立たされました。どう行政予算をとるのか、何を指標とすべきか、将来のコスト削減効果をどう見積もるのか、妥当な支払額をどう算出するのか・・。その度にみなで粘り強く議論し、解決策を捻り出し、ギリギリの状態で前に進んでいきました。

それでも途中で折れなかったのは、そこにいたメンバーが、組織を越えてSIBの可能性を共有し、何としても実現させようという強い気持ちで繋がっていたからだったと感じています。

その過程では、様々な変化も起こりました。

従来は、どのように検診の通知ハガキを送るかは決まっていて、その通りに実施するのが事業者の役割でした。それがSIBでは、縛りは成果で、そのための手段は自由度が上がるので、「受診率を上げるにはどうしたらよいか」と発想が変わっていく。受診率が上がれば、早期発見の可能性が高まり、助かる命が増えます。結果、医療費が削減されるので、市としても、それならば「限られた財源で効果を最大化するにはどうしたらよいか」と発想が変わっていく。発想が変わると、現場の士気も高まる。

こうした変化こそ、私が当初からSIBに感じていた可能性でした。

そして検討を始めてから約1年半後の2017年8月、国内初となるSIBが誕生します。

そのころ既に、広島県では、次なるSIB組成が動いていました。今度は、県内6市が同時に参加するもので、複数の市が連携する国内初の事例です。

私は、八王子市のSIB組成を終え、「ようやくここまで来た」という安堵感と、そのバトンが広島に繋がって、「この調子で、全国に拡がっていくだろう」という期待感に包まれていました。


1→10の壁

私は、SIBの「前例」ができ、そのノウハウが公開されれば、この波が広がるだろうと期待していました。というのも、それまでの数年間、自治体にSIB導入を持ちかけた際に「とても面白いし関心もあるが、事例ができたら検討したい」という声がとても多かったからです。

SIBというツールで、みなが社会にとっての成果を追うようになる。より良い社会に向かって協働するようになる。そんな未来を思い描いていました。

でも現実は、そう簡単ではありませんでした。

SIBは、行政の予算の組み方、民間との組み方など、これまでの方法を変えていくもの。そのため、ハードルが高く、時間もかかる。直接関わった人たちには、その意義や可能性が理解されても、なかなか周りには伝わらない。慣習を変えてまで、周りを説得してまで、やろうという意思と覚悟がなければ前には進みません。

加えて、八王子や広島でケイスリーが担った「中間支援」という立場も、ネックの一つでした。そこにかかるコストは、SIBならではのもの。その必要性を理解してもらう必要があるし、そのコストを補うためには、SIB自体の規模を大きくしていく必要があります。

さらには、「データがない」という壁。SIBは「成果に応じて支払う」という特質上、成果を示すデータが必要です。それ以前に、そもそも「何がどうなったら、いくら払うか」と事前に決めておくので、その根拠となるデータも必要。でも、それに十分なデータがあり、しかも活用できる状態になっている分野や現場は、限られます。

ケイスリーは、創業初期から、SIBと並んで、「社会的インパクト評価(のちに、社会的インパクト・マネジメント)」の推進・普及にも力を入れてきました。それは、「社会的成果(社会的インパクト)」を明らかにし、可視化していくことが、SIBに必須の要素でありながら、日本にはその素地がほとんど整っていない、という問題が見えたからです。

とにかく、SIBの波が広がるには、様々な壁がありました。

小さな事例を積み重ねるだけでは、足りないのかもしれない。

そう考え、「市」単位ではなく「都道府県」単位での導入をめざしたり、神奈川県や沖縄県では成果連動型事業を推進する「プラットフォーム」の形成に関わったり、連携する非営利団体などが中心となって国の政策アジェンダに入れ込んでいったりと、あの手この手で面的に広げる道を模索していきました。

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自らの役割を変える

その頃、「中間支援」としてSIBの導入・普及に奔走する傍ら、新しい事業の柱として、行動科学と機械学習を用いた行政向けプロダクト「BetterMe(ベターミー)」の開発に着手していました。

そして、このプロダクトを使い、沖縄県浦添市と成果連動型契約(※)を結び、大腸がん検診を推進する新たな取り組みをスタートさせます。

(※)成果連動型契約とソーシャル・インパクト・ボンドの違いは、「投資家」の有無です。浦添市では、投資家を入れずに、自治体と事業者の二者で、支払いを成果連動とする契約を交わしました。なお、SIBと成果連動型契約は合わせて、PFS(Pay for Success)と呼ばれます。

これまで、SIBや成果連動型契約において「中間支援」という立場だったケイスリーが、課題解決のソリューションを提供する「事業者」へと、自らの役割を転換させたのです。

SIBを広げていくには、乗り越えるべき壁がたくさんある。一足飛びに、そこへは行かれない。

データがない、データ活用の基盤がないのであれば、まずはそこに向き合っていく。

「事業者」という立場で課題解決に挑むことで、データを集め、蓄積していくことができる。データを基に事業を進めること、データを基により良い策を考えていくこと、その事例や知見を蓄えていくことができる。

そこでは、SIBやPFSは、目的ではなく手段になります。それらが、より良い成果を生むのに有効であれば使うし、そうでなければ使わない。それに縛られるのではなく、その先の目的を追っていく。

「事業者」としての立場を得たことで、「中間支援」としてぶつかっていた壁に、新しい風穴が開いたようにも感じました。

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SIBを追いかけた先にあったもの

これが、私がケイスリーを創業し、SIBを追いかけてきた5年余りの歩みと、現在地です。

「SIBを普及させたい」その想い一つで会社を立ち上げましたが、現実社会おいて、特に日本において、いますぐそれを大海をわたる波のように広げていくのは難しい。それが、実際に飛び込んで、もがいて、見えたことでした。

でもその過程で、最初はたった一人だったケイスリーに、想いを共有する仲間がたくさん増えました。それは、私一人だけで見えること、考えられること、できることの限界を大きく広げてくれました。困難にぶつかっても、前向きに新しい挑戦をし続けることを、可能にしてくれました。

みなが社会にとっての成果をめざすような、それに向けて協働するような、そんな世の中にしたい。その想いは、変わっていません。

そのためのツールとして、SIBには可能性がある。その気持ちも変わっていません。

めざす世界は変わらないけれど、やることは変わっていく。その「変化」という進化を、これからも仲間たちと続けていきたいです。

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次回は、私の、ケイスリーのこれからについてお話したいと思います。最終回です。

(話:幸地正樹、文:今尾江美子)


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