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連載小説

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#藪の中

タヌキの弁明(1)

 それでは、お奉行様のご許可を得まして、弁論申し上げます。  もともと私は妻と娘の3人家族で、昨年の春ぐらいからあの山に住んでおりました。辺りには怖い大型獣が寄り付くこともなく、のんびりと暮らしておりました。ある日、私どもの巣穴におむすびが転がり込んできました。何事かと思い、穴から外に出てみると、野良着姿のおじいさんが怖い顔でこちらをにらんでおりました。後でお取り調べの方に聞いた話では、お昼ご飯に食べようとしたおむすびをおじいさんが落としたのが、私どもの巣穴の中に転がり落ち

タヌキの弁明(2)

 さて、お取調べの方のお話では、その後、私がおばあさんの手伝いをするからと言って縄を解いてもらい、おばあさんを殺害してなべで煮込み、自分はおばあさんに化けた上で、タヌキ汁だと言っておじいさんにおばあさんの肉を食べさせた、というストーリーになっておりますが、この話に矛盾があるということにお気づきでしょうか。  このストーリーによれば、私がおじいさんにそうと告げるまで、鍋の中身がおばあさんだと気付かなかったことになっております。とするならば、私がおばあさんを騙したり、殺害したり

タヌキの弁明(3)

 お話が後先になってしまいました。順を追って話します。  それから、何もかもがいやになって、ずっと巣穴に閉じこもっていましたら、ひょっこりと親友のウサギが訪ねてきました。一部始終を話しましたところ、 「きっと君はおじいさんに誤解されているから、僕が行って、その誤解を解いてきてあげるよ」 と、勇んで出かけていきました。ところが、何日まってもウサギが戻ってきません。どうしたのだろうと心配していると、10日ほど経ったころにやっとウサギが再び訪ねて来ました。そのときのウサギの様

タヌキの弁明(4)

 次の日の夕刻、再び現れたウサギは、唐突に身の上話を始めました。身の上話といっても、それは荒唐無稽な内容で、そのときはとても信じられるものではありませんでしたが、今にして思えば、真実の一端を含んでいるようにも思われますので、いただいている時間の許す範囲で再現いたします。  「実は、僕はもともと月に住んでいたんだ。ちょっと、向うで悪戯が過ぎてね、地球に飛ばされちゃったのさ。いつまでもここにいなきゃいけないって訳じゃなくて、それなりに善行や苦労を重ねれば、そのうち月からお迎えが

タヌキの弁明(5)

取調べ方(以下、「調」) 「それでは被告人に質問します。あなたがおばあさんと二人きりになったときのことを尋ねします。おばあさんはどんな着物を着ていましたか?」 たぬき(以下、「た」) 「はい。紺色で白い井桁のような模様がところどころにある着物を着ていました」 調「どんな素材からできていましたか」 た「わたしは布の素材のことはよくわかりません。たぶん木綿だと思います」 調「あなたの話では、おばあさんとあなたが大鍋の近くで争ったということですが、そのときにもその着物を着て

タヌキの弁明(6)

調「ではここで、お奉行様よりご承認いただきましたので、証人尋問を行います。証人は前へ。住所氏名年齢職業を教えてください」 証「はい。青森県に住んでおります、恐山イタ子と申します。62歳です。仕事は口寄せをしています」 調「あなたはおばあさんの死についてお話してくださるということですが、おばあさんとの関係は?」 証「おばあさんの生前、会ったことも見たこともありません」 調「では、どうしておばあさんのことについてお話できるのですか?」 証人がいきなり証言台の上に突っ伏し

タヌキの弁明(7)

声「タヌキを助けたら自分たちが死んでしまう。自分たちが生き残ろうとしたら、タヌキが死んでしまう。そんな、二者択一を迫られた私は、耳の奥のほうがジンジンと痛くなり、視野が周りのほうから暗くなるように狭くなって、立っていられなくなりそうでした」 声「朦朧とした意識の中で、わたしはふと、子供のころに読んだ仏教説話を思い出しました。梵天という行者に動物たちが食べ物を集めて供物にしようとしたところ、ウサギだけは食べ物を見つけることができず、お供えするものがなかったため、焚き火に飛び込