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タヌキの弁明(1)

 それでは、お奉行様のご許可を得まして、弁論申し上げます。

 もともと私は妻と娘の3人家族で、昨年の春ぐらいからあの山に住んでおりました。辺りには怖い大型獣が寄り付くこともなく、のんびりと暮らしておりました。ある日、私どもの巣穴におむすびが転がり込んできました。何事かと思い、穴から外に出てみると、野良着姿のおじいさんが怖い顔でこちらをにらんでおりました。後でお取り調べの方に聞いた話では、お昼ご飯に食べようとしたおむすびをおじいさんが落としたのが、私どもの巣穴の中に転がり落ちたのだそうでございます。土にまみれたおむすびを、もはや人間のおじいさんが食べることはあるまいと、その日はこの偶然に感謝して、3人で有難くいただくことに致しました。

 ところが、次の日も、その次の日も、穴の中におむすびが転がり込んできます。そのたびに外に出てみても人間の姿は見当たらず、不思議なこともあるものだと3人で話しながら、感謝の気持ちでそのおむすびをいただいておりましたが、ある日、娘がおむすびの美味しそうな匂いに釣られて穴から出ようとするのを妻が止めようとして、後を追いかけて出口に向かったところ、いきなり巣穴が鍬で掘り返され、棒のようなものがむやみと奥まで突っ込まれてきました。それは、あのときのおじいさんと、その妻のおばあさんの仕業でした。そのときの二人の形相は、今思い出しても身震いが致しますが、飢えた狼が獲物に襲いかかるような顔でございました。棒で殴られ、気が遠くなりそうになって、私が一瞬ひるんだ隙に、二人は妻と娘に麻袋を被せ、捕まえてしまいました。痛みをこらえて私が穴から顔を出したときには、遠くの方に二人が走っているのが見えました。前を走っていたおばあさんが振り返ったとき、舌なめずりをしていたことが、今でも目に焼きついています。

 はじめのうち、うかつにも私は、何が起きたのか皆目検討がつきませんでした。この国では獣を食べることがお坊様からも、お殿様からも禁じられておりますので、そのときには、よもや人間が私どもを襲うとは、思いもよらないことだったからです。しかしながら、後になって隣山のタヌキから聞いた話ですが、二人は以前からその禁を破って密かにあちらこちらの山に入っては、いろいろな獣を捕まえ、煮たり焼いたりして食べるという、世にも恐ろしい「獣喰らい」を繰り返していたのでございます。信じたくはありませんが、私の妻と娘もきっと…(しばし弁論が中断)

 このことがあってから、私は生きる喜びもなくなり、抜け殻のようになって茫然自失の状態でおりました。自暴自棄になって、ふらふらと歩いておりますと、いつの間にか人里の芋畑の前に出ていました。何もかもがいやになって、目の前の芋をかじりました。妻や娘を襲ったおじいさんやおばあさんの仲間である以上、もう人間すべてを憎む気持ちになっていましたので、人間が育てている芋だとは知っていましたが、もうそんなことを構う気は起きませんでした。むしろ、人間に対してささやかな復讐をしているような気分でした。情けない話です。

 何度かその畑に通って芋を食べているうちに、畑の真ん中に美味しそうな焼き魚が落ちているのに気づきました。私どもタヌキは、焼き魚が大の好物なのです。人間が落としたのだろうと思い、食べようと手を伸ばしたとたん、スルスルっと荒縄がその手に巻きつき、木の枝に吊り上げられてしまいました。人間の罠だったのです。もがいても、もがいても罠から抜け出せないでいると、遠くから人間が近づいてきました。なんとそれは、あのときのおじいさんだったのです。

 いつの日にか、妻や娘の敵を取りたいとぼんやり考えていた私が、その敵であるおじいさんの罠にかかってしまったのです。私は、自分が死んでしまうことよりも、敵を取れないままになることが悔しくて、ボロボロと涙が止まりませんでした。そんな私を捕まえ、家に引きずって行ったおじいさんは、荒縄で私を囲炉裏の横の柱に縛り付けると、ためらいもなくおばあさんに、こう宣言しました。

「ばあさん。今夜はタヌキ汁じゃ」

 私どもタヌキの好物が焼き魚だと知っていること、巧妙な罠を仕掛けるスキルを持っていること、そして、捕らえた私の処遇について、ためらいもなく「タヌキ汁」にすると宣言すること等は、おじいさんたちが頻繁にタヌキを捕らえ、日常的に食していたことを示すものであると信じるところであります。

 私が畑でいもを食べ初めて以降のストーリーとして、先ほどお取調べの方からお話がありましたが、あれは悪意と矛盾に満ちた、まったくのでたらめ話です。先ほどのストーリーは、今では、「かちかち山」というお話として、日本中の子供が知っているということですが、真実はまったく違うということが、ここまでのお話からもお分かりいただけると思います。

 私はおばあさんを殺めてしまった以上、いかなるお咎めをも受ける覚悟でいます。しかしながら、私が妻と娘と無二の親友を失ったことも事実であります。お裁き役として選ばれ、お集まりいただいている皆様には、ぜひ、真実を知っていただいた上で、ご判断いただきたいと願うところであります。

(つづく)

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