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タヌキの弁明(4)

 次の日の夕刻、再び現れたウサギは、唐突に身の上話を始めました。身の上話といっても、それは荒唐無稽な内容で、そのときはとても信じられるものではありませんでしたが、今にして思えば、真実の一端を含んでいるようにも思われますので、いただいている時間の許す範囲で再現いたします。

 「実は、僕はもともと月に住んでいたんだ。ちょっと、向うで悪戯が過ぎてね、地球に飛ばされちゃったのさ。いつまでもここにいなきゃいけないって訳じゃなくて、それなりに善行や苦労を重ねれば、そのうち月からお迎えが来る仕組みになってるんだ。それで、僕はこれまでに、カメを挑発して近くの山の頂上まで競争することになったときには、途中で眠ったふりをしてカメに自信をつけさせてやったり、ワニに毛皮をくれてやったり、中国では毎年違った12種類の動物の名前にちなむプロジェクトに協力して、ネズミ、ウシ、トラの次に並んでみたり、まあ、色んな善行に励んできたってわけさ。ああ、最近では、欧州でブルーナとかいう絵本書きのモデルにもなってあげたしね…。向こうではミッフィーとか呼ばれていたよ。」

 「で、そろそろ月から使者が来てもいい頃なんだけど、何の音沙汰もないわけさ。どうしてだか考えていたら、はたと気がついたんだけど、僕があんまりあちらこちらに移動して活躍したせいで、きっと、僕がどこにいるんだか月の担当者が見失っちゃったんだと思うんだ。だから、こちらから居場所を教えてあげなくちゃいけないんだと思うわけさ。そこで、君の修行を兼ねて、月に向かって僕の居場所を教えようと思っているわけさ。まずは、のろしを上げよう。君、山でなるべく沢山のたきぎを拾ってきてくれないか。具体的なのろしの上げ方については、それから相談しよう。まずは、たきぎ拾いの修行だよ」

 ウサギの言っていることは、まったく手前勝手な内容でしたが、ウサギのことを憐れに思っていた私は、言われるままにたきぎ集めに山に入り、日がすっかり暮れかかった頃になって、やっとたきぎを山のように背負って戻りました。ウサギの姿が見えないので切り株に座って休んでおりましたら、背中のほうでカチカチと音がします。たきぎを背負ったまま振り返るとウサギが立っていました。このときの顛末は、概ねお取調べの方がおっしゃった通りですが、ウサギはおじいさんに代わって私を懲らしめようとしたのではなく、私の修行と称して、自分が月の世界に帰るためにのろしを上げたというのが真相なのです。ですから、暗闇の中で燃え上がる私の背中のたきぎを見て、「これなら月からも見えるに違いない」とたいそう喜んでおりました。

 ところが、その後何週間経っても、月からの使者がウサギのもとに来る様子はありません。ひと月ほど経ったある日、ウサギは意を決したように私の目を見て言いました。

「こうなったら、自力脱出だよ」

 なんでも、ウサギは月の世界で宇宙工学検定の1級を取得したそうで、自ら月にまで到達できる船を作れるというのです。月にいた頃、ウサギは特殊な触媒を開発しており、その触媒を使ってケイ酸塩鉱物のシリコン/酸素結合のエネルギーを開放することで、莫大な推進力が得られるということでした。

 はじめのうちは、ウサギにそんな大それたことができるものかと訝っておりましたが、ウサギの言うことを、もう一度だけ信じてみることにしました。そのうち、ウサギは木材、泥、布などの材料を着々と集めて来ては、川辺で先のとがった船のようなものを建造し始めました。

 ウサギが建造した船は、2段階構造に分かれていて、上側の木でできた小さな船にウサギが乗り、下側の泥でできた船には私が乗ると言うのです。地球の泥には、相当量のケイ酸塩鉱物が含まれているので、私が乗る船の材料自体が、エネルギー源となり、ウサギが乗る船に推進力を与えた後に切り離される仕組みだということでした。

 いよいよ、月に向かって出発する日が来ました。私が乗った下側の船は、発射直後から触媒の影響でボロボロに崩れながらも、開放したエネルギーによって推進力を増大し、ウサギが乗った上側の船に大きな速力を与えました。やがて、私が乗っていた泥の船は切り離され、地上へと落ちましたが、ちょうど川に落ちたので私は半ば溺れながらも九死に一生を得ました。ものすごい速力を得たうさぎの船は、空の随分高いところまで上がりましたが、そのうちに上昇が止まり、私と同じように墜落してしまいました。

 川に落ちたウサギのところまで泳いで行き、必死に助けましたが、ウサギの落胆ぶりには目を覆うばかりでした。月に行くのに必要な触媒を使い果たしてしまったのです。ウサギは岸に上がっても何も言わず、ただ、虚ろな目で空を見上げるだけでした。この一件でウサギは、すっかり月に帰ることを諦めてしまいました。そして、地球で生きていくには、おじいさんの教えに帰依するしかないと、思いつめたようです。

 船が墜落した3日後に、再びウサギは意を決したように私の目を見て言いました。

「君とはもう、これまでだ。今までの協力に感謝するよ。僕は、僕の道を歩むよ。悪く思わないでくれ給え」

そういうと、しっかりとした足取りで、おじいさんのすむ山に向かって歩き始めました。

 これは想像ですが、ウサギはおじいさんに取り入るために、お取調べの方がおっしゃったストーリーのように、おじいさんに向かってこう言ったに違いありません。

「おじいさん。悪いタヌキを懲らしめて来ました」

 これで、私からお話しすることは終わりです。ご質問がございましたら、何なりとおっしゃって下さい。

(つづく)

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