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タヌキの弁明(7)

声「タヌキを助けたら自分たちが死んでしまう。自分たちが生き残ろうとしたら、タヌキが死んでしまう。そんな、二者択一を迫られた私は、耳の奥のほうがジンジンと痛くなり、視野が周りのほうから暗くなるように狭くなって、立っていられなくなりそうでした」

声「朦朧とした意識の中で、わたしはふと、子供のころに読んだ仏教説話を思い出しました。梵天という行者に動物たちが食べ物を集めて供物にしようとしたところ、ウサギだけは食べ物を見つけることができず、お供えするものがなかったため、焚き火に飛び込んで、自らの肉を捧げた。梵天は哀れに思い、深い祈りを捧げた結果、うさぎは月に昇った、という話です」

声「私には、二者択一を超克する第三の道が開けたように思えました。目を見開くと、着物を脱ぎ捨てて、湯の煮え立っている大鍋に飛び込みました。そして飛び込みながら、おじいさんとタヌキに向かって、『二人仲良く私を食べて』とお願いしたのです」

声「ですから、私の死は、誰のせいということではなく、私が自ら選んだ結果なのです。さあ、皆で私の成仏を祈ってください。あの説話のウサギと共に月で暮らします。」

声がここまで話すと、煙のようなものはスッと消えてしまい、後には証言台に突っ伏したままヒクヒクと震える証人、恐山イタ子が残った。

(閉廷)

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