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タヌキの弁明(2)

 さて、お取調べの方のお話では、その後、私がおばあさんの手伝いをするからと言って縄を解いてもらい、おばあさんを殺害してなべで煮込み、自分はおばあさんに化けた上で、タヌキ汁だと言っておじいさんにおばあさんの肉を食べさせた、というストーリーになっておりますが、この話に矛盾があるということにお気づきでしょうか。

 このストーリーによれば、私がおじいさんにそうと告げるまで、鍋の中身がおばあさんだと気付かなかったことになっております。とするならば、私がおばあさんを騙したり、殺害したり、鍋に入れたりしたことを、いったい誰が見ていたというのでしょうか。おじいさんは、おそらくお取調べの方の誘導尋問に引っかかって、見てもいないことを見た気になっているだけなのです。

 これから、おばあさんが亡くなるまでの真実をお話いたします。

 囲炉裏のそばの柱に縛り付けられた私は、荒縄が痛いので声を出して泣いておりましたら、おばあさんが心配そうに近寄ってきました。そして手の縄を緩めながら、

「泣くんじゃないよ」

と優しい声をかけられ、私は泣くのを止めましたが、今にして思えば、おばあさんの心配は、私が興奮し続けるとアドレナリンの分泌が多くなって、肉がまずくなりはしないか、という一点にあったようです。

 おばあさんは裏の納屋から、風呂釜ほどもある大鍋を出してきて、囲炉裏にかけると、桶で何杯も水を汲みました。そして、鼻歌を歌いながら、人参、大根、ゴボウ、ネギなどを刻んでは鍋の中に入れて煮込み始めました。私は、自分が殺されるのを少しでも先に延ばそうと思い、

「おじいさんが帰ってくるのは夕方でしょう?まだ料理を始めるのは早すぎるんじゃないですか?」

と尋ねたところ、おばあさんは、

「じいさんなんか知りゃあしないよ。私はタヌキ汁が大好物なのさ。一人でさっさと食っちまって、じいさんにはタヌキに逃げられたってことにするよ」

と答えるが早いか、出刃包丁を逆手に持って、私の首の辺りに切りかかってきました。私は夢中で自由になっていた手で身をかばい、おばあさんを押し返しましたら、おばあさんは足を滑らせて後ろ向きに倒れ、運の悪いことに、ちょうどグラグラと煮えたぎっている大鍋に頭から飛び込んでしまったのです。

 おばあさんは何か叫んでいるようでしたが、私はとにかく恐ろしくて、夢中で足の縄を解くと、走りに走ってその場から遠ざかりました。その後おばあさんがどうなったのか、わかりません。気付いたときには、山の巣穴にいました。

 おばあさんが煮込まれた鍋を、夕方になって返ってきたおじいさんが、タヌキ汁と勘違いして食べたのかも知れませんが、私はその場にいませんので分かりません。考えてみれば、お風呂ほどもあるお鍋で煮込むことになったのですから、こげ付くこともなく、おばあさんの肉はトロトロになっていたことでしょう。

 そういうわけですから、私がおばあさんを殺めたことに間違いはございませんが、いわば、事故であった、もしくは正当防衛が成り立つ状況であった、ということができるものと信じるところです。また、仮におじいさんがおばさんの肉を食べたのだとしても、それは、おじいさんがおばあさんの居ぬ間に、少しでも多くのタヌキ汁を食べたい一心で、おばあさんが何処にいるかも確かめずに鍋の中身を食べ始めたことに原因があるのであって、私にその責任があるということはできないものと思います。

 あろうことか、おじいさんは全ての不幸の原因を私に帰するなど、私の無二の親友であるウサギに、あることないこと吹き込みました。

(つづく)

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