【短編小説】 墓参りのハンバーグ屋さん
一度も会ったことのない祖父の墓参りも、もう何度目だろうか。
墓参りの意味もわからない幼い頃から、その時期が来ると祖母が「連れていってくれないか」「お父さんにうちの水をかけてあげたいのだ」と繰り返し、僕の母が車を出していた。
母方の祖父の墓だ。
僕の父は無宗教で、敬虔なカトリック信者である祖母とは仲が悪かった。
信仰の違いをとやかく言う気は互いにないようだが、行動基準の異なる彼らは、どうしても相手のことを理解できない。祖母の行動を「くだらない」と吐き捨てる父が冷たいのだと思いながら僕は育ったが、母の都合も考えず「連れていってくれ」と懇願する祖母。家から持ってきた水の入った重いペットボトルを自分では運べないからと、僕か、僕がいなければ母に運ぶことを強要する祖母が歪に見えるようになってしまった僕は、間違っているのだろうか。
墓参りの帰りに必ずよる店があった。
『ジャンボ』の文字を看板に掲げたその店は、鉄板にのせて、大きく立派なハンバーグを提供してくれた。
初老の店主は、「お客様第一」からは程遠い接客をしていたが、それでも食べに来る価値のある店であることは、途絶えることのない客足が証明していた。
僕は、よく食べる子供だった。
母は、僕のためにライス付きのハンバーグ一人前を注文してくれようとしたのだが、「子供はお子様ランチでいいだろう」と店主は幼い僕が大人と同じ料理を注文することを拒んだ。
いつ頃だったか、確か小学校の中学年になった頃だったと思うが、「いくつになった?」と店主は僕に訊ね、「そろそろお子様ランチも卒業だね」と僕が大人と同じセットメニューを注文することを許した。
初めて自分の前に置かれた鉄板の上で、ジュワッと焼けているハンバーグとソースの音に垂涎した僕に、店主は「火傷するんじゃないよ」とひとこと添えて、料理を置いていった。
僕は、ナイフとフォークで丁寧にハンバーグを切り、肉汁の溢れ出る断面にそっと息を吹きかけて冷ましてから、口の中に入れた。
あ、熱い。
思った以上に熱くて、福笑いのような表情になっている僕のところへコップを持った店主が足早に迫ってくる。
あまりの勢いに、僕は叱られるのかと思ったけれど、氷の入った水を優しくテーブルに置くと「先に全部切って、野菜でも食べてな」と告げ、定位置のカウンターに戻って足を組み新聞を読んでいる姿は、僕に対して特別怒っているわけではなく、いつも通りの不機嫌さに見えた。
僕は店主に言われた通り、先にハンバーグに切れ目を入れて付け合わせの野菜を食べた。
ソースの一滴も米の一粒も残さず、出された料理を食べた僕を見て、それまで仏頂面しか見せたことのなかった店主が、笑ったように見えたのは僕の勘違いかもしれないけれど、会計の後に「ごちそうさまでした」と言って店を出る僕の背中に聞こえた「はい、ありがとう」は、間違いなくこれまで一度も店主の口から聞いたことのない言葉だった。
成長するにつれ、僕は猫舌ではあったけれど、最初に全て切らなくても食べられるようになっていった。また、そうして食べたほうがより美味しく食べられるのだと知った。
約十年が経ち、僕は高校を卒業する歳になった。
相変わらず、墓参りの帰りはあの店による。
店主は、初老というより老体と呼ぶのが適切な装いになり、昔のようにカウンターに腰掛けて新聞を読んでいるのだが、接客も調理もすることはなく、いつ頃からかかけ始めた眼鏡を執拗にかけては外し、磨いてはかけを繰り返していた。
客の中には、まだ僕がお子様ランチを食べていた頃と同じくらいの年齢の子がいた。
あの頃の僕には許されなかった鉄板にのったハンバーグを目の前に置かれているのに、スマホを机の上に置いて、あたりにソースを撒き散らしながらガチャガチャと大きな音を立てて食事をしていた。
この店で、こんな光景を見る日が来るとは思わなかった。
スマホから垂れ流されている映像に気を取られているうちに、フォークを持った手が鉄板に触れた子供は、大きな声で泣き始めた。
店主は新聞を捲るために指を舐め、眼鏡の位置を調整し、新聞を読み続けた。
氷水の入った袋を用意した店員が焦った様子でその子の母親に声をかけると、そこで初めて母親は我が子の泣いている理由を知った様子だった。
母親は「子供が食べるってわかってるんだから、温度を下げるとかできなかったの? うちの子が可哀想じゃない。接客が悪いとは聞いてたけど、本当に、客のことを何だと思ってるの!」と説教まがいな言葉を吐き続け、その間、店内には泣き叫ぶ子供の声が響き続けた。
店員の手の中で溶けていく氷水の入った袋から垂れる水の音までも、僕の耳には届いた気がした。
別の店員が僕の前に「お待たせしました」とハンバーグを置き、ことさらに「お熱いのでお気をつけください」と大きめの声で告げた。
子供の頃に見ていたものよりひとまわり小さくなったハンバーグが、控えめな音を立てて、鉄板の上にいた。
この日食べたハンバーグの味を、僕は覚えていない。
大学を卒業して、久しぶりに墓参りに行くと墓石の一部が変色していた。
母に理由を尋ねると祖母が「お父さんに飲ませてあげるのだ」と言って母が止めるのも聞かず、ビールをかけたのだそうだ。
母がすぐに洗い流したが、それでも変色してしまったらしい。
周りにある多くの墓石と異なり、綺麗な黒色をしていたはずの祖父の墓は、祖母のかけたビールによって、部分的に色が褪せ、灰色になっていた。
墓を綺麗にするために、墓参りに行くのではないのだろうか。
幼い頃は届かなかった墓石の上の部分を拭きながら、僕が生まれる前に亡くなっていたから一度も会えなかった祖父のことを、ふと気の毒に思った。
今日も、帰りはあの店によった。
カウンターに、店主の姿はなかった。
たまたま休みの日だったのかもしれない。
歳をとったから、もう店には出ていないだけかもしれない。
しかし、そうでない可能性を考えてしまい、墓参りの時よりも暗い気持ちになった。
「ごゆっくりどうぞ」と運ばれてきたハンバーグは、またひとまわり小さくなったようだった。
付け合わせのほうれん草がない。
ないと思ったら、ハンバーグの下に敷かれていた。
もしかしたら、昔の半分近い厚みになってしまったのではないかと思われるハンバーグを、僕は幼い頃のように先に全て切ってしまった。
シューとかすかに熱を感じさせる音がするだけで、鉄板の上で身動きもしないソースを絡めて、ひとくち。
また、ひとくち。
幼い頃、僕がこの店で食べたハンバーグは、どんな味だったろうか。
どれくらい、温かかっただろうか。
具体的に説明する言葉を僕は持たない。
ただ、「とても美味しかった」という記憶と不機嫌な表情をした厳しい店主が僕に「優しくしてくれた」という思い出があるこの場所に、僕はきっとまた来年も足を運ぶのだ。
同じものが、まだここにあると信じて。
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