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独特でイヤラシイ世界観がクセになる面白さ


江戸っ子のような愉快な語り口で「こんなことがあったんすよ〜」と経験談を語って聞かせてくれるけど、その内容がまた恐ろしくも不気味で、背中に悪寒がゾゾゾっと走りそう。
アメリカまで行ったのに、変な人に目をつけられて殺されそうになったりだとか、出来心で盗んだ聖書が実は悪魔の書で、呪いに満ちたものだと聞かされて仰天したりだとか、ちょっと、というかかなり趣味の悪い内容なんだけど、それでも嫌にならずに最後まで気になって読ませてしまうところが、夢野久作の魅力。
イヤラシイ話ばかりではなくて、中にはおっちょこちょいな事件もあったりして、「結局みんなバカばっかりだった」みたいなオチで笑わせてくる短編もある。
重い話と軽い話がバランスよく詰まっていて、話の語り口調や展開がまた面白く引き込まれるからこそ、クセが強いけど目が離せなくなってしまう。

個人的には『木魂』という話が切なすぎた。
学校と家がかなり遠く離れたところに住んでいた一家族。
病気で亡くなる母親が、「近道だからといって電車の路線沿いに歩くんじゃありませんよ。危ないですからね」という遺言を残し、これからは近道を歩かないと誓いあった父子。
しかし父親はその約束を守らず、路線沿いに帰っていたところを、息子に見られてしまった。
後日、父親の体調がすぐれないので、心配した息子が近道を通って家に帰ろうとしたところ、電車にはねられて死んでしまったという悲報が届く。
「ああ、自分が妻の約束を守らなかったがゆえに、息子を危険な目に晒してしまった」と絶望し始めたあたりから、「自分は列車にはねられて死ぬ」という木魂がささやくようになる。
すごく大雑把にまとめたけれど、父親と息子の哀愁漂う感じがありありと想像できるからこそ、後半の展開が切なくて辛い。

それともう一つが『戦争』。
第二次世界大戦のころのドイツを舞台として、戦争の負傷兵を治療する軍医の目線で描かれている。
お国の勝利のためにと身を投げ出し戦士した兵士がいる中で、自分で自分に弾を撃ち込み、戦闘で負傷したと見せかけて戦線離脱しようとする者が少なからず出現する。
しかし軍医の目はごまかされず、非国民として銃殺されるか、それとも的に一矢報いようとするか選べという究極の決断を迫らせる。
でも、話はそんな表面的なことでは済まない。
戦争に駆り出された人の中には、家督相続や財産相続で狙われ、邪魔な人物を戦死させようとする思惑で、戦争に駆り出された人物もいた。
人間、やはり建前はお国のためとは言うものの、本当は愛する人や家族と一緒に居たいではないか、敵との戦闘よりも、大事な人と一緒に安全なところへ逃げたいではないか。
前線に出なければ、生きて帰れるチャンスがあるかもしれない、誰かの思惑を覆せるかもれない、だから負傷を偽るようなことをするのだ。
それが人間の本性ではないか。
だが兵士には人権などなく、まだ戦えると判断されれば、地獄の前線へと送り返される。
戦争とは人間にとって何なのか。
一部の人間が一生懸命になっているだけで、一般人はそんなこと望んでいないのだ、みたいな戦争批判的な意味が含まれているらしい。
ちょうど執筆しているときが戦争の時期とかぶっていたとかで、この作品が生まれたらしい。

話が重い作品が印象に残ったけれども、もちろんシニカルな笑いを誘う短編もあって、それはそれで面白い。
他の書籍も読んで、夢野ワールドに引き込まれた僕は、すっかりファンになってしまった。

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