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【連載小説】惣菜屋 日出子の事件簿 第1話

《あらすじ》
ナニワのおかん「日出子」。
彼女は深夜営業の惣菜店を営んでいる。
長い間営んでいると、訪れる客が選ぶ総菜から、その人の生活がみえるものだ。そして彼女にはそこから感じる変化も読み取ることができる力を持つ。
あら、事件の匂いがするで!今日も日出子の頭は冴えてます。
ピコーンとなったら要注意!!

こんにちは。
私、惣菜屋「かもめ屋」を営んでいる「日出子」と申します。
この店は母親の代から50年続いており、私は2代目となります。

 店は繁華街を少し離れた駅前の商店街にあります。
近くに繁華街があるため、営業時間は午後6時から午前7時までとしているので、営業時間に来られるお客様は色々なお仕事をされています。
夜は会社帰りの方、深夜から明け方はナイトワークのお嬢さん、お兄さん方、朝は夜勤明けの方にご贔屓にしてもらっています。

 「かもめ屋」で扱うお惣菜は全て手作りです。
もともと実家が農業をしており、今も米や野菜は実家で採れたものを主に取り扱っています。
総菜の他にもお弁当やおにぎりも作っており、少しでも皆様の食卓が楽しくなればと思い、日々頑張っております。
夫はスポーツ用品の会社で勤めており、息子は大学卒業後、昼はバイクの修理屋で働き、夜は店の手伝いをしてくれています。
って、かしこまった自己紹介させてもらいましたけど、私、日出子も気づけば52歳でございます。
花盛りはとっくの昔に過ぎ、深夜営業が年々きつくなっておりますが、お客さんの笑顔が何よりのパワーの源で頑張っております。
そしてここでだけの話ですが、私、なにやら人の変化を感じ取れるのか、時々脳内で「ピコーン!」というような、ひらめきを持つ人物でもあります。
内緒ですけどね。

 「おはようさん。」
早朝の常連のお客様、山畑さんがいらっしゃいました。
山畑さんは警備員をしてらっしゃいます。
「おはようございます、山畑さん、おつかれさまやねー。」
「ほんまに疲れたわ、夜勤連続3日はきついわー。あ、日出子さん、サバの炊いたのってある?」
「あるよー。」
「ほな、それに、肉じゃがと白ご飯、弁当に詰めてー。」
「はいはーい。」
「かもめ屋」の弁当は、好きな総菜を2種類選んでもろて、ご飯を詰めたものです。
「はい、580円ですー。」
「立ちっぱなしやから腰痛いわ。」
「あら、腰痛はほっといたらあかんよ。」

 少しの時間私は、山畑さんと「最近物騒な事件が多いから、夜働く人間は特に気を付けなあかん」といった話をいたしました。
 明け方から始めた仕込みもできたころ、時計を見れば午前7時、閉店時間です。
店のシャッターを閉め、奥にある自宅に行きます。
そして、総菜の残りで朝ごはんの準備をし、夫と息子「智樹」を起こします。
8時に夫と智樹が出勤すると、洗濯、掃除を終わらせ、午前9時過ぎから午後3時半までは、私の就寝時間となります。
こんな生活を、何十年と続けているので、今更、苦ではありません。
起きてからはお風呂に入り、開店時間まで仕込みの続きをいたします。
 店が開店すると夕食のおかずを買うお客様でにぎわいます。
午後8時前になると一旦店は落ち着くので、そこで智樹と店番を変わり、私は夫と夕食を取ります。
智樹は職場で夕食を済ませてくることが多く、いつも夕食は私と夫と二人です。
 そして午後9時に智樹と店番を再び交代します。
ここから朝7時の閉店までは私一人です。

 2月4日 午後10時。
いつものお客様がいらっしゃいました。
お名前は存じませんが、いつもお仕事帰りに買ってくださいます。
「今日は…。マーボーナスとハムのマリネをください。二人分ほどの量を詰めてもらえますか?」
彼女はいつも二人前のお惣菜を買われます。
「いつもありがとうございます。」
「こちらこそ。いつも美味しくいただいています。」
 彼女はいつも笑顔で答えてくださいます。
毎日こんなに遅くまでお仕事されているのは、本当に尊敬いたします。
 ある日、このお客様と少しお話しをしたことがありました。
なんでも彼女は塾の事務員をされているらしく、勤務は午後からなのですが、夜はいつもこれぐらいの時間になってしまうとのこと。
「大変なお仕事ですね。」
と私が言うと、
「大変ですけど、志望校に合格した時の生徒さんの笑顔が励みになって、なかなか転職できないんですよ。」
と仰っていました。
 何てすばらしい思いで仕事をされているのでしょう。
私は感心してしまいました。
「ほんま失礼ですが、ご結婚はされてるんですか?」
私は思い切って彼女に聞いてみました。
「ええ、まあ。いつも遅くなって夕食は作れないんですけど。」
「そうなんですか。」
と私がいうと、彼女は恥ずかしそうに笑っていました。
私は、きっとお二人仲睦まじいのだろうと想像しました。
「自転車、お気をつけて。」
「ありがとうございます。」
彼女は颯爽と自転車に乗り、お帰りになりました。

 2月5日 午前1時。
ナイトワークを終えられた、ルイちゃんとエミちゃんが来てくださいます。
「ルイちゃん、エミちゃん、おつかれさま。」
「日出子さん、今日はめっちゃ忙しかったわー。」
「ええことやないのー。」
「今日は頑張ったから、かつ丼買っていくわ。」
二人ともそう言ってかつ丼を二つ買って行かれました。
 ルイちゃんとエミちゃんは、近くにあるスナックのホステスさんをしてらっしゃいます。
たまに泥酔して店で寝てた、といって明け方に立ち寄ってくれることもあります。
 ルイちゃんは一人暮らしで、大学の学費を稼ぐために頑張ってはります。
エミちゃんは、実家暮らしでお父様はご健在のようですが、お母様は入院されているそうです。コロナ過からお父様の自営業が上手くいっていないないらしく、家計を助けるために頑張っています。
若くても、こうして頑張ってる人はたくさんおられるのですね。

 2月5日 午後11時。
いつもの塾の事務員さんがいらっしゃいました。
「えーっと、焼きサバとほうれん草の胡麻和えをお弁当にしてください。」
ピコーン!
あらら?今日はお弁当なの?と思い
「今日はお惣菜だけじゃないんですね。」
と私は思わず聞いてしまいました。
「え、あ、そうなんです。彼が出張で。」
「そうなんですか。じゃあ、今日はおひとりでゆっくりできますね。」
なんて、私は冗談で言ったんですが、
「ゆっくりしたいですけどね。」
と彼女の表情が曇りました。
私はまずいことを言ったと思い、あわてて、
「嘘ですよ、本当はさびしいんでしょう。」
と言いました。
すると、彼女は
「はい。とても。」
と言いました。
なんて仲が良いことだと思いました。
きっと新婚さんなのかもしれないです。
「はい、どうぞ。ほかほかですよ。」
私がお弁当を渡すと、
「ありがとうございます。」
と彼女はいつもの笑顔に戻ったので安心しました。
この日彼女は、歩いてお帰りになられました。

 2月6日 午前1時。
いつものようにお仕事を終えられて、ルイちゃんとエミちゃんが来てくれました。
「今日は暇やったわー。」
とエミちゃん。
時計を見ると12時前でした。
「ほんまや、今日は早上がりやったん?」
と私が聞くと、
「そう。でもたまにはいっか。」
というルイちゃんに、
「暇ばっかりしてたらお給料減るやん。」
とため息まじりにエミちゃんが言います。
各々、お金が必要で頑張ってはいますが、生活環境は異なります。
意見の相違があっても無理はないです。
「まあ、そういわんと、今日はから揚げサービスしたげるから元気だして。」
私はそれくらいのことしかできませんが、ふたりとも大変喜んでくれました。
「日出子さん、私な、いまでこそ生活苦しいけど、高校生くらいまでは結構裕福やってんよ。」
とエミちゃんが言います。
「そうかあ。生きてれば色々あるわなあ。」
「大学受験まで、駅前に進英予備校ってあるやろ?そこに高校の3年間行ってってん。めっちゃ授業料高いのにな。それに高校も私学やったし、どんだけ私に教育費使ってくれたんよって思うもん。」
エミちゃんの言っている予備校は、京阪神では有名な予備校でした。
「それで今の大学行けたんやし、私とも会えてよかったやろ?」
とルイちゃんが言います。
「二人とも同じ大学なん?」
「あれ、日出子さん知らんかったっけ。同じ大学同じ学部やで。」
「知らんかったよ。でどこの大学?」
二人からでた言葉は、関西で有名な私大でした。
「そこって、めちゃ学費高いんやろ?」
「そやねん。まあ、将来したいことを勉強してるからいいねんけどさ、学費がなー。ま、あと1年の辛抱やわ。」
二人は笑いながら帰っていきました。
 あのお二人がそんな有名な大学に行っているなんて、知らんかったわ。
私はそう思いながら、夢を追っている二人を更に応援したくなりました。

 2月6日 午後10時。
いつもの塾の事務員さんがいらっしゃいました。
「今日は…。鮭の塩焼きとポテトサラダをお弁当にしてください。」
「はいはーい。」
ピコーン!
ご注文の品から察するに、まだご主人は出張のようです。

 2月6日 午後10時半。
突然エミちゃんがやってきました。
ピコーン!
「あれ、今日はお仕事休み?」
「ちゃう。」
「え、ほんならどうしたん、えらい早いやん。」
「仕事休んでん。涼と喧嘩してん。」
エミちゃんは今にも泣きだしそうです。
「涼?」
「彼氏、涼っていうねん。」
エミちゃんはとうとう涙をこぼし始めました。
「喧嘩できるほどの仲ってことやん。」
私はそう言いましたが、こういう時になんて言葉をかけたらよいものか、困ります。
「せやけど喧嘩の原因がさ、涼が家に女性入れたこと黙っててん。日出子さん、ひどいと思わへん?」
ああ、これは大変です。
「涼な、私が高校の時に通ってた予備校の先生やった人やねん。それからずーっと付き合ってて、私が大学卒業したら結婚しようなって話までしてたのにな。家に来たのは予備校の生徒で、一人やったんじゃないって言うねん。二人来て、困りごとの相談受けてただけやって。二人やったらいいんかってなるやん。」
ああ…最悪です。
「でもなんでわかったん。」
「涼の家に行ったらな、冷蔵庫にリンゴジュースがあってん。涼、甘いの嫌いで水かお茶しか飲まんのに、どうしたんって問い詰めたら白状してん。」
おお、私はそれは動かぬ証拠だと思いました。
女性はそういうところでピンとくるものです。
「なんもなかったなら、そういうことがあったよってすぐに言えばいいやん。」
「で、彼の家から出てきたの?」
「そう、悔しくってさ。今までなんやったんって。結婚とか嘘やったんやろって思ったらめちゃ悔しくて腹が立って、ほっぺた一発平手打ちして出てきたった。」
「あらあ、一発平手打ちしてきたんか。」
「涼は、相談にのってやらな仕方がない状態やったって言うねん。そんなん予備校でも会うんやし、家に来なくてもできるやろ?ほんま信じられへんわ。」
うーん…。
難しいところです。
「それで?エミちゃんはどうしたいん?」
「え?」
「もう彼を信じられへんから別れたいの?」
「…別れたくは…ない。」
「ほんなら、彼の言葉が嘘とかほんまとかやなくて、今回の一度きりは信じてあげたら?」
「えー。日出子さんまでそんなこと言うん?」
「女は懐の広さも必要やで。信じてるから一度は許す、けど二度は無い、それだけは彼に伝えときや。」
「うーん。許せるかな私…。」
私と話したことで少し落ち着いたのか、しばらくして、エミちゃんはミンチカツを二つ買って、彼の家に戻っていきました。

 2月7日 午前7時。
店のシャッターを閉め、自宅に戻り朝食の準備をします。
7時過ぎ、私はいつものように夫と智樹と朝食を取っていました。
「今日は飲み会があるから遅くなる。」
夫がそう言います。
「あ、おかん、俺も夜の店番終わったら飲みに行くわ。」
智樹も続けて言います。
「あ、そうなん、なら今日は二人とも夕飯は要らんね。」
二人は「うんうん」とうなずきます。
いいなあ、飲み会かあー。
「かもめ屋」は日曜が定休日ですが、ここ数年、飲みに行ったことはありません。
二人がちょっとうらやましいです。

 そうは思うものの、結局夜の商売をしているとそういう機会もなく、日々時間に追われ過ごしてしまうものです。
今日もいつものように睡眠を取り、午後6時には店のシャッターを開けます。

 2月7日 午後7時。
いつもより早い時間に塾の事務員さんがいらっしゃいました。
今日はお仕事がお休みなのでしょうか。
「えっと。チャーハンと鮭おにぎりと、からあげください。」
まだご主人は出張のようです。
おひとり分を作るのに自炊は不便ですよね。
「はい、おまたせしました。」
ご注文の品を渡すと彼女は、
「あの、このチャーハンって残ったら冷凍保存できますか?」
と聞いてきました。
ピコーン!
「冷めてから密閉していただければ冷凍保存は出来るとは思いますが、早めにお召し上がりいただきたいです。」
と私が言うと、彼女はあわてて、
「万が一何かあったとしても、こちらのお店にご迷惑をかけるようなことはしませんので、安心してください。」
と言います。
 私は「かもめ屋」のご飯ものやお惣菜は量が多いので、きっとおひとりでは食べきれないかもしれないから、そういったご質問をされたのだと思いました。
 この日も彼女は、歩いてお帰りになられました。

 2月7日 午後10時
山畑さんがいらっしゃいました。
「こんばんわー。」
「あら、山畑さん、今日は夜勤じやないのね。」
「この前3日連続夜勤したからなー。今日は準夜勤やねん。」
「腰大丈夫なの?」
「まあまあやな、えっと、鮭の塩焼きにきゅうりの酢の物を弁当にしてー。」
「はいはーい。」
弁当が出来上がる間に、山畑さんのスマホが鳴りました。
「はい、山畑です。…え?ほんまですか?行った方がいいですか?はい、はい、わかりました。」

 ピコーン!
なにやらあったようです。
「山畑さん、大丈夫?弁当作り続けてもいける?」
私が聞くと、
「今警備してるビルに警察がきて、事情聴取みたいな騒ぎになってるらしい。その弁当は持っていくわ。」
「了解!急いで詰めるわね。」
山畑さんは弁当を持って、足早に勤務先に戻っていきました。

 山畑さんが行った後、飲み会終わりの夫が帰ってきました。
「あ、お父さん、お帰りー。」
「駅前のビルにパトカーが停まってるわ。なんかあったんかな。」
もしかしたら、山畑さんが警備をしているビルかもしれません。
「そのビルってどこのビルなん?」
わたしが聞くと、夫は
「あそこに見える予備校のビルや。」
と言って、ビル群の隙間から見える「進英予備校」と書かれたネオンが光るビルを指さしました。
「え、あの予備校って…。」

-----第2話へつづく

第2話

 






 

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