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Frozen Edge 真夏の氷河期 第4章 6
6 希望と恐れのあいだ
「……」
「ああ、いたの。存在感がなさすぎて気が付かなかったわ。ごめんなさい」
「……」
「かわいそうにねぇ。こんな短期間に2人のオトモダチを失うなんて。そんなに震えて。怖かったでしょう。でももう大丈夫、すべてが終わったわ」
「……」
「小金井(コガネイ)萌絵(モエ)。今となってはあなた一人では何もできない。生命だけは助けてあげる」
「…………」
「じゃあね。後悔と自責の念に駆られながら、一生を部屋の隅でガタガタ震えて過ごすことね」
「…………………あああああああああ──────────ッッッ!!!」
「まあ、ナイフを引き抜いて……物騒なこどもね」
「ああっ!!」
「……勇気を振り絞ったところまではお見事。だけど、巨勢と違って、地力はしょせんか弱い女の子って感じね」
「……そうでしょうかね? 先輩?」
「こんなに速く間合いを……まさか、遥(ハルカ)……」
「あたしも忘れてもらっちゃ困りますぜ、ボス」
「~~!! 巨勢(コセ)──……」
「はぁあぁぁっ!!」
物静かな萌絵ちゃんからは想像もつかない足技。
先輩の手を正確に捉える。
先輩が萌絵ちゃんから奪い返したナイフは吹き飛び、遠くでカランカランという音だけが聞こえた。
だんだん気温が上昇していくのを感じる。
寒気の発生元がなくなったことで、本来の夏の気候を取り戻してきたか。
着込んでると汗をかいてくるようになるのも時間の問題かもしれない。
本当に終わったんだな、って感じる。
「ちぃッ……!」
「観念するんだな、大ボスさん」
「私を倒したとしても、同じように『氷河期』世代を利用しようと目論む者たちが出る! 貧困、嘲笑、差別……これらがなくならない限り、あなたたちが勝利することはない!」
「わかってますよ。人生は絶えることのない闘いです。この闘いに勝ったからには、この先も、闘ってみせます。救ってみせますよ。たとえキレイゴトと言われても。私と巨勢さんは身体を失ってしまいましたが、悔いはありません。みんな同じ想いです」
「結局それ! あなたは結局、それ! どれだけ我々が誠心誠意尽くしたって、我々『エレオス』に対する叩きは止まなかった! どれだけ正しいことをしたって届かないのよ! そんな世界、助けるにも値しない!!」
「私も絶望しそうになったことも何度だってありますよ。でも、希望と恐れのあいだをさまよい、光差す場所を見つけなきゃいけないんです」
「私はもう疲れたのよ! じゃあ彼らを救おうとする私たちを、誰が救ってくれるのよ!」
「私には、可南ちゃんや萌絵ちゃんがいる。私だけが損をするわけじゃない。先輩が助けを求めていたら、そのときは私が、力になります。ですから……」
「いらないのよ、そういうのは!」
「先輩……」
「そりゃああなたは人智を超えた力を手にした聖人なんでしょうね! でも、みんながみんな、あなたほど強いわけではない。断言するわ、あなたたちもそのうちわかる。どうにもならないことだって──」
平行線をたどる言い合い。
この状況が、ある人物の登場により一変する。
「がはっ……!?」
「先輩!? し、しっかりしてください!」
現れたのは──
「明神(ミョウジン)奏(ソウ)。『テュランノス』──僭主とも呼ばれたキミがこの期に及んで負け惜しみばかりとは、情けない。ぼくたちはあまりに多くのものを壊しすぎた。報いは受けるべきだよ」
高円寺、呂世(ロゼ)……
「……大丈夫。気絶させただけだ」
そう言うと、気を失って倒れた先輩を担いで、歩き始める。
あわてて引き止める。
「どこへ行くんですか!?」
「最寄りの交番にでも。おとなしく捕まりに行って、罪を償うさ」
「……高円寺、さん……」
「そんな顔をしないでよ。ぼくはぼくなりに、この騒動の後始末をつけないと、と思っただけさ」
(……どうする? 信じるのか?)
と、可南(カナン)ちゃんが心のなかでささやく。
(私は、信じたいです)
(……やれやれ。そう言うと思ったよ)
……それに、彼女たちはもう無能力者。
『クリサンセマム』メンバーが『氷河期』から力を吸い上げる力を持つことができたのは、先輩の能力があったから。それを無効化した以上彼女らが再び悪さをすることはできなくなった。
(そうですよね、元メンバーだった可南ちゃん)
(たぶんそう……だけど、万が一同じような能力者が現れたら……)
(その時は……)
(わかってるって。もちろん小金井ちゃんの気持ちが第一で、な)
(可南ちゃん……!)
「キミたちは、どうするんだ? ……って、訊くまでもなかったかな」
「……はい。闘いますよ。私たちは、ずっと」
生命を冷たい気に変える『スノードロップ』そのものは、おそらく、いまだ『氷河期』の人々の中に宿ったまま。私たちが無効化したのは、『スノードロップ』を取り込んで強大な力を手にすることだけ。
彼らの心に深く根を張った絶望の氷を、融かしていかないといけない。
私たちの闘いは、むしろこれからなんだ。
「神麗和(シンレイワ)遥……キミはやはり、強いな」
「いえ。私だけじゃ弱い存在です。みんながいるから、強くなれるんです」
「……そうだね。じゃあね。キミたちと出逢えて、キミたちに負けて、よかったよ」
「……私! 面会に行きますから! お元気で!」
「──! ……ありがとう」
高円寺さんは振り返らず、先輩をおぶって歩いていった。
東京に、久しぶりの真夏日。
この国の蒸し暑さには熱帯気候に住んでいた人でも苦しいものらしいし、どうせあと1時間もすればうんうん唸っているんだろうけど、今はこの暑さがとても懐かしくて、愛おしかった。
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