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掌編

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掌編置き場
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2016年3月の記事一覧

私の視界は切り替わる。
お化けの類が見える訳ではない。頭の中で焦点を当てる位置が変わるのだ。
さっきと同じ場所なのに、視界の主体が変わるだけで世界は全く違う場所になる。
きっと誰とも共有できない。でも共有する事は必要なのか?
今日も世界は美しい。ちっぽけな寂しさを嘲笑う。 #掌編

闇に浮かぶうなじの白さが、私の視線を縫い留める。食虫植物の芳香の様な、一時の愉悦と引き換えに取り返しのつかない絶望を招き寄せる、静かな静かな香りがした。そのうなじがお前の罪だと、細い月が嗤う。冬の入り、虫も鳴かず。私の凍りついた心臓だけが、場違いな音を鳴らし続けている。 #掌編

ぬめりとした雲が、遠く山の彼方に去る。もうじき冬が終わるだろうと、村の最古参が深く頷く。土の匂いを含んだ風が少しばかり暖かく芳しい衣を纏い、山裾から彼方の村までを満たしていった。冬の雲を戴いた山の頂から、深い鐘の音に似た音が空に響き渡る。冬が春を呼んでいる。美しい歌で。 #掌編

私の家の庭に一本の梅の木がある。不思議な事にその梅の木は、どの梅の木よりも早く蕾をつける。芳しいその蕾は冬の寒さに耐えてきた鳥たちの格好の餌食となっていた。かなりの老木だったその木は、それでも毎年春一番より早く蕾をつけ続けた。今年も件の木の枝には、雀が鈴なりになっている。 #掌編

美しい人を見た。その人は活けられた一本の名も知らぬ花の上に居た。春の陽射しで沐浴をしているかのようなその仕草に、瑞々しい白雪の肌に、無垢な艶かしさが匂い立つようであった。不意に背徳感が背を駆け上がる。脳天まで至ったそれは罪悪感となり、以降、あの花を見たことは無い。 #掌編