日本の女性による保守運動のパターン

 従来の市民運動が現行の制度の変革を求める「左派」的な運動を主流としたのに対し、「右派」的な市民運動の登場として「新しい歴史教科書をつくる会」が結成されて20年以上が経過した。運動レベルでは、「在日特権を許さない市民の会(以下、在特会)」が2007年に結成されたことを契機に運動のラディカル化が見られるとともに、議会選挙に代表される政治レベルでは、こうした保守運動の候補者が票を集めることも珍しくなくなった。2000年以降の保守運動では、「日本女性の会」「なでしこアクション」「日本侵略を許さない市民の会」「凛風やまと」といった女性グループの林立によって、保守運動の重要な担い手として女性集団というファクターの存在が裏付けられている(鈴木2017:29)。右派ポピュリストの支持層に対する分析では、専業主婦や自営業層による支持が高いことも近年明らかになっている。一口に「保守主義」といってもその定義は高度に曖昧かつ文脈依存的であり、「保守主義といえば、エドマント・バーク(1729-1797)以来の伝統を持つ政治的イデオロギーである」「保守主義の源流としてしばしば指摘されるのがエドマンド・バークである」「言葉として『保守主義』が生まれたのはバーク以降である」(宇野: 2016 p.9, 23, 50)と解説されるなど、一様に定義できない。しかし、現代日本の文脈ではこの定義は何らの意味も持たないかもしれない。冒頭に筆者の問題意識が露呈したように、ここでは、「女性たちによる保守運動が展開される際のイデオロギーとなるような、政治的・ジェンダー的イデオロギー、およびそれに連なる旧来の文化の再生産を支持するような主義主張」と定義して論を進める。

 また、本稿で扱う先行研究の中には保守運動の定義のうちでは極端な「極右」と一般に称される集団を対象としたものもあるため、保守運動と極右運動を同一視しないように配慮が必要であり、そこに早くも本稿の限界があると言わなければならない。

 ようやく問いを明らかにできる。本稿では、主に女性たちの手による複数の「社会運動の文化的研究」に焦点を当て、その心性や活動のパターンを整理することを目的とする。問いの形をとれば、女性たちによる保守運動には、どのような心性や活動の傾向があるか、となる。具体的には、1930年代前半に会勢を拡大した「大日本国防婦人会(以下、しばしば「国婦」と表記)」と、「行動する保守」の分会であるA会について、前者は藤井忠俊『国防婦人会』、後者は鈴木彩加「『行動する保守』運動における参加者の相互行為とジェンダー」を参考文献とする。前提を共有するための文献として適宜、野宮大志郎編著の『社会運動と文化』および海妻径子『親密圏とフェミニズム』、樋口直人ら著『ネット右翼とは何か』を参照して、議論の素地としている。

 こういった保守運動の活動母体における男女比率は、ほぼ5:1であり、在特会の会員構成や、樋口直人(2019)がFacebookユーザーから「極右のネトウヨ」と判定したアカウントの構成においても、この比率は共通して見られる。なお、樋口の分析は2015年12月28日の日韓両政府の「慰安婦」問題に関する合意に対し、Facebook上で安倍首相(当時かつ現職)の年末の挨拶に対してなされた2500件のコメント(これが時系列順に表示が可能な最大数である)のうち、安倍首相を「右」の立場から批判した人々(1396名)をネット右翼とみなしている。このような定義は踏襲されるものなのか、筆者は結論を持たない。一般に、極右政党への投票の内訳を分析したヨーロッパの研究では男女比は2:1になることが多く、日本第一党党首で在特会の会長である桜井誠への投票もほぼ同じであった。前提の知識として、運動における女性の割合は、投票行動や支持者に見られる比率よりは低く、運動の中ではより少数派となっていることが知られる。

 まず、保守的な女性結社の運動を「文化」の観点から明らかにした藤井忠俊の研究を概観する。1932年から42年にかけて驚異的な会員数(1933年9月に約7万人、1941年に約900万人)を誇った「大日本国防婦人会(以下、「国婦」と表記)」という婦人結社を素材に、活動的な大阪の主婦たちの草の根運動が全国展開(ただし大阪と同様の活動内容を維持したのは都市部の分会に限られる)し、数年内に批判にさらされて変節し、最終的には大日本婦人会に統合されるまでを追い、膨大な聞き取り調査や文献調査からその実態を明らかにした研究である。藤井の『国防婦人会』は戦後40年の1985年に刊行されている。端的に国婦の文化を説明する際のキーワードは、「カッポウギ」「タスキ」「貞操」である。順にその示唆を述べる。カッポウギは婦人たちが台所と同じ労働着の姿であり、出征する兵士たちの世話(お茶の接待や防空献金の募集、見送り)に従事できることの象徴であり、彼女たちは一様にこれを着て活動に参加した。ここには婦人に特有といえる「台所思想」が見えると藤井は述べる。「タスキ」は国婦発足以前の献金現象にその淵源を認めることができるのだが、国婦の「運動」という側面を強調する文化的なシンボルであった。タスキに印刷されていた「大日本國防婦人會」の文字に関しては、「肉太の四角ばった文字は、当時はデザイン的にも格好がよい」(藤井 1985:69)と振り返る者もおり、好評だったとのことである。「貞操」については前二者と比較するシンボルとして把持しにくいものであるが、戦争局面において「女性は男性と『折半の論理』を共有しており、銃後の女性たちは兵士の世話であれ家庭内の家事労働であれ、貞操を守って国民としての使命を粛々と果たさねばならない」というニュアンスを帯びたものであった。また、国婦の中心的存在だった安田せいが語ったように、「どんな場合にも役立つ婦人団体にならねばならない。そして男子の手を少しでも有用な方に廻せるようにしたいものです」と語り(藤井 1985:117)、婦人団体が男子を補佐する旨を表明していた。さらに、兵士として戦う男性たちに比して非常時における女性たちが無力であるという言明、夫が戦死しかつ跡取り息子がいない際には夫の実家から離縁されかねない婚姻制度の不平等の事実が、女性たちおよびその周囲で言語化・共有されたことに、女性たちの「被害者性」「劣位性」を仄めかす要素が「貞操」という言葉に見え隠れすることを、のちの議論に備えて補足しておく。

 以上三つのキーワードから、国婦における「文化」とは、家父長制という近世以来の家族観に関して保守的な女性たちによる、活動的で「運動」の要素を前景化させようとする文化的シンボルを伴ったものでありつつも、満州事変以後の国家総動員化に向かう銃後形成を下支えするものであったと纏める。思想的背景、理念の変遷、軍との関係を介した変節の観点を含めると国婦の政治的・社会的・思想的文脈は複雑だが、約10年間の国府の活動に通底した「文化」なるものは以上のように説明できるだろう。当時並立していた愛国婦人会、婦選獲得同盟(市川房枝ら)、産業組合婦人団体との比較検討を以ってより複層的にその文化を示す必要があるが、大阪をはじめとする都市部在住の中産階層以下の非軍人家庭の婦人たちによって担われた国婦の「文化」は、極めて大衆的な活動として広がったと言える。

 続いて、鈴木彩加の「行動する保守」を対象とした研究から、保守運動における女性たちの「文化」について現代の特徴を整理する。彼女が研究対象としたのは「行動する保守」の女性団体A会であり、会員数が約800名、正会員になれるのは女性のみ(約500名)であり、男性が準会員(約300名)とされるのが特徴である。参与観察から分析したこの研究は、A会が行った「東北復興支援料理教室」と講演会、懇親会にアプローチした。この研究により明らかにされた保守的な女性運動の文化的側面とは、「家庭生活と絡めた嫌韓」、「慰安婦」、「ジョーク」といった言葉に象徴される。

 これら三つの要素について、順にその含意を説明していこう。まずは家庭生活と絡めた嫌韓であるが、これは料理教室で見られた野菜の原産国をめぐるやりとりに現れた。パプリカやカラーピーマンが「最近は韓国産ばっかり」という嫌悪感の表明をきっかけに会話があり、のちに参加者全体で「嫌韓」意識が日本産の野菜へのこだわりという形で具体化した。これは愛国心と地続きのものでもあり、「嫌韓」の話題は婦人たちの家庭生活と絡めて共通して楽しまれる「文化」として受容されている。野菜の原産国という、主婦を含め女性のイメージとともに生起しがちな話題から、「嫌韓」意識の確認へと連なる緩やかな流れが看取できる。続いて、「慰安婦」の説明に移る。女性たちの保守運動は男性中心の保守運動よりも「慰安婦」問題に力点を置く傾向があるとされる(山口智美 2013)。しかしこの傾向には二面性があり、対外的には街宣やデモ行進・抗議活動といった直接行動でこれらを取り上げる反面、対内的な講演会や懇親会ではこれらへの言及は極めて少ない。鈴木の研究では更なる検討が必要とされているが、男性/女性、高齢者/若年者の立ち位置の違いを顕在化させることが明らかになった。「慰安婦」の問題は対外的メッセージとしては当該保守運動の力点のひとつとなるトピックだが、女性団体の内部では「慰安婦」を嗤う男性の言葉には沈黙をもって対応するケースが見られた。こうした女性という立場性および、男性参加者に対する反論や異論を唱える困難性が、この研究では指摘されている。最後に、「ジョーク」についてである。「行動する保守」の非示威運動の場では、ジョークを交えた会話によって互いの価値観や政治意識を確認し合い、そうしたジョークは時には意見の異なる者を排除する方向に作用していた。黒地にピンクの桜の花の模様がついたマスクをめぐるジョークは50代の女性たちの間で交わされ、互いの愛国心を確認し集合的アイデンティティの形成に寄与していた。他方で、「嫌韓」や「慰安婦」をめぐるジョークは、時には集団内のジョークに賛同できない者をそれとなく排除するという雰囲気によって、内外の境界を作り出し維持するという機能を持っていた。

 以上、冗長になったけれども、「行動する保守」の女性たちにおける文化的側面を纏める。女性たちの家庭生活における関心と絡めて「嫌韓」が語られ、それは女性たちに特徴的な問題意識とともに集団的アイデンティティに繋がる。他方で「慰安婦」は運動内部では男性とのバランスや年代差を考慮してか、語られないという特徴をもつ。「慰安婦」に関しては本音は語らず、周囲の反論や異論に身構えて沈黙すら厭わない文化が、ここにはある。上述した2点のトピックは、「ジョーク」といういわば合図のようなコミュニケーションを介して話題に上り、互いの価値観や政治意識の確認あるいは異質な者の排除を行うという機能的側面をもっていた。

 ここまで、女性団体のうち保守運動を行うと見なされる女性たちの団体について、文化的側面からなされた二つの研究を並べて概観した。本稿はこれらを単純比較するものではないし、同じ系譜の中で記述することには慎重である。しかしながら、女性たちが保守的な運動を行い、結社を維持していく際に特徴的な「文化」的要素を取り出すことは可能ではないだろうか。すなわち筆者は、保守運動に従事する女性たちに見られる「家庭生活(とりわけ台所)との連続性の強調」と「モラル・マゾヒズムの姿勢」を、保守的な女性運動に見られる特徴として概括する。

 前者については、国婦における「カッポウギ」やA会における「野菜」をめぐる文化的シンボルに認めることができるだろう。日本の保守運動の中では旧来の家庭における婦人のイメージに対応して、台所から生じる行動意識が根底にあるなかで、「女性的で素朴な」問題意識を保守的、愛国的な表現へと延伸していく傾向が見てとれる。ジェンダー観の保守的態度と政治意識における保守的態度の相関は議論の余地を残すが、ここでは婦人のイメージに付与されやすいシンボルを媒介して彼女たちが保守運動を楽しんでいく流れを、筆者は見出している。女性たちの保守運動がポジショニングの確立を目的とした際に、「家庭目線の」問題関心を男性含め周囲から求められる風土があるのではないか。家庭生活との連続性を確保した相互行為がコミュニケーションの端緒や潤滑油として機能していることは、両研究から女性たち特有の文化的なパターンと呼べるのではないだろうか。

 後者についてはこの用語の説明も兼ねて、海妻(2016)が見出した保守的な女性たちの心性について、引用して詳述しておこう。

「モラル・マゾヒズム」という言葉がある。あえて被害者になって相手に罪悪感を抱かせ、その罪悪感によって相手が望ましい行動を自発的にとるようにコントロールすることである。(中略)あえて被害者となることを引き受ける「モラル・マゾヒズム」は、社会的弱者にも可能なコントロール方法であり、したがって女性がしばしば「モラル・マゾヒズム」的行動をとるのは、その地位の低さゆえであるとも言われてきた。あえて「男性たちの〈無責任〉に遭遇」したときには女性側が困窮することを引き受け続けることで、男性たちの責任感を醸成するという「モラル・マゾヒズム」的行動を、女性たち自身がとり続けようとしているのは、近年いわゆる「女性の社会進出」は進んでも、女性の地位の実質的な低さは変わっていないということか。(海妻 2016:83)

 筆者は、「モラル・マゾヒズム」を国婦の安田せいによる既述の言明や、A会の「慰安婦」をめぐる沈黙に見てとる。すなわち、とりわけ満州事変以後の日本社会において、保守運動に参加する女性たちの立場性に関して、「女性は男性に比して権利が与えられていない『社会的弱者』である」との認識が連綿と存在しているのではないか。たとえば女性の参政権獲得を目指した婦選同盟を「革新」勢力の歴史的事例として参照し保守運動と対比すると、こと保守運動に従事する女性たちは社会的弱者に甘んじて(ある複数の意味で)不均衡なジェンダー構造を温存しながら、被害者を引き受けながら、既存の文化を再生産しているのではないだろうか。この共通認識は、男性内部における男性の「特権意識」や「被抑圧者性」の感覚に差が大きく見られるのと比べると差が小さいものであり、女性たちの保守運動が継続していくことの精神的基盤と言えるのではないか。「モラル・マゾヒズム」というのは響きの上ではイデオロギッシュともとれるだろうが、保守運動を行う女性たちの運動の文化的特質を説明する語彙として的を射たものであると筆者は考察する。

 既に駄文の域に入って久しいが、ここから先行研究と考察の限界を示して結びに向かう。限界として、女性たちによる保守運動の代表的事例としてこれらが適切な対象であるかという問題、現代の女性たちの下位分類の欠如という問題の2点を挙げる。

 国婦は満州事変および上海事変後の特異な状況下で生じた団体であり、会勢の拡大が都市と地方で異なる様相を呈したことは藤井の研究でも詳述されている。女性たちが生活に根ざした問題意識をきっかけに保守的な国婦の活動に参入したわけでは必ずしもないし、「周りが入るから仕方なかった」という旨の元会員たちの語りが藤井含め他の研究で明らかになってもいる。吟味されるべき問題である。2点目に関しては、現代の「行動する保守」のA会やネット右翼の研究について、その言動を行う女性たちの下位分類や属性から、一層精緻な研究がなされる必要があると考える。両者ともラディカルな言説を特徴とする集団像をもって描かれているが、彼女たちが既婚者で台所に立つことを規範化している「婦人」であるのか、加えて、彼女たちが旧来のジェンダー観を踏襲しているのか、といった属性の確認が統計的分析をもって有意差の有無が明らかにならないことには、「モラル・マゾヒズム」の仮説を立証することにはならないだろう。いわゆる「名誉男性」的な保守主義の女性たちが唱導する運動に、参加者の女性たちが共鳴して賛同する場合、団体内でドミナントな女性たちが保守運動の大衆の参加者と近い心性をもつとは、必ずしも言い難い。以上、2点の限界を示し、かつ男性運動の言説の基盤がどのようなものであり、排除を伴わない継続性をもつ活動・言論の可能性を探っていきたい。

 最後に、体力の続く限り雑感を述べる。1点目は女性による小池百合子候補への投票、2点目は「モラル・マゾヒズム」と芸術についてである。
 まずは、先日の東京都知事選で小池百合子候補が大差をつけて当選したのだが、その際女性からの支持率が非常に高かったことがマスメディアで報じられた。日本全国の女性に支持されたわけではないのは勿論筆者自身に釘を刺さねばならないが、都内に住む主婦層の支持を得たといってよい。政治思想によって女性をカテゴライズすることは望ましくないが、無党派層から保守層とされる幅の女性たち、本稿に引き付けて主婦たちの立場で東京都知事選を眺めてみれば、他の候補者と比較して小池候補に投票するインセンティブは高かったように考えられる。というのも、小池候補は「三密」を避けるためという名目で街頭演説や握手などの選挙運動を避け、徹底してテレビ出演や現職都知事としてのメッセージの呼びかけを主な活動として、選挙戦を戦い抜いた。有力な対立候補だった3名の男性候補者は、コロナ対策に配慮しながら街頭演説(街頭記者会見)や少数の政策アピール会見(討論企画)を展開する選挙戦となった。
 現職の安定感や知名度、もともとの無党派層の傾向を加味する必要があるとはいえ、女性有権者とりわけ主婦層の心性が小池候補の選挙戦のスタイルにマッチしたのではないかと筆者は考える。すなわち、「夜の街」をはじめとするような外出は極力控え、コロナウイルスへの警戒を第一に呼びかける小池候補は、上述の女性保守運動参加者と「家庭生活との連続性の強調」という面で共鳴しうる。コロナウイルス感染症という未曾有の事態に「家庭・家族の安全を第一に考え、候補自身も安全を最大限考慮したスタイルで戦う」という印象は、小池候補が最も強かった。無党派層から保守層までの女性有権者にとって、とりわけ保守運動に参加するような者にとっては、小池候補は比較的に「貞操(安全)を守る候補者」なのではなかっただろうか。他の男性候補者は劣勢だったとはいえ、感染症が拡大・拡散中の東京都の状況で、一見「安全でない」選挙戦を展開しているように、自らの得票第一で戦っているように見えないこともないだろう。小池候補が女性から高い支持を得て当選した背景に、選挙戦のスタイル、言い換えれば「文化」の違いがあったのではないか。
 続いて2点目について述べる。「モラル・マゾヒズム」と芸術についてだ。簡潔に述べれば、とりわけ中等教育の文芸や音楽の学習を通じて、女子生徒は「モラル・マゾヒズム」の文化を無意識下に学んでいる可能性がある、というものだ。顕著な例は高校国語の「舞姫」、小学校5年生・中学1年生の音楽「赤とんぼ」であると述べれば、作品を覚えている者なら察しがつくだろう。先述の海妻は、日本女性の「モラル・マゾヒズム」が描かれる様子を森鴎外「舞姫」に見る。

「男性の無責任さによる困窮、それに対する男の罪悪感」は森鴎外の『舞姫』以降綿々と近代日本文学の題材にもなってきた(海妻 2016:87)。

 どういうことかというと、教科書に掲載される「舞姫」では洋行した豊太郎はエリスを妊娠させるが、自らの昇進を優先して帰国の途につき、女性を経済的・身体的リスクに陥れて去る。豊太郎が無責任に去るにもかかわらず男性の罪悪感も強調して描かれる作品であるため、読者は豊太郎にも感情移入しており、男性を罪責することを逡巡する。あるいは、日本に残る豊太郎の母も豊太郎がいない状況で孤独に病死しまう。女子生徒がこうした流れを学習することによって、個人的な被害者性を女性全体の「被害」の構造と読み換えて解釈する時、これは「モラル・マゾヒズム」という心性に容易に結びつくのではなかろうか。
 「あかとんぼ」の歌詞については、筆者は中学1年生の時に歌詞の解釈を学習した記憶がある。「15で姉やは嫁に行き お里の便りも絶え果てた」という歌詞を吟味すれば、現代に比して年幼くして年上の男に嫁いでいかなければならない「姉や」(姉かもしれないし女中かもしれない)が登場し、故郷との断絶を強いられてしまう芸術作品として読み取ってみる。この時、やはり女性の構造的な「被害者性」「被抑圧者性」に思い当たるのではないだろうか。意識下か無意識下かは判別できないが、こういった「モラル・マゾヒズム」に繋がりうる学習のチャネルが、日本の近代の芸術作品を学ぶ際にはつきものであることに自覚的でありたいと、筆者は考える。
 保守的な主張を持った女性たちの運動のエッセンスを「モラル・マゾヒズム」と概念化するとき、女性たちが自ら歪んでいくネガティブな心性を想像するのではなく、学校教育を含めた諸々の学習の蓄積が、こうした構造的な心性を生み出しているというダイナミズムを想定することが、重要ではないだろうか。


以下、参考文献を列挙する。

宇野重規、2016、『保守主義とは何か』中公新書。 海妻径子、2016、『親密圏とフェミニズム』コモンズ。 鈴木彩加、2017、「「行動する保守」運動における参加者の相互行為とジェンダー」フォーラム現代社会学。 藤井忠俊、1985、『国防婦人会』岩波新書。

  


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