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アメリカで懲罰的損害賠償を日本企業が受けたらどうなる?ー外国での裁判について

日本企業が米国裁判所で懲罰的損害賠償(約28万ドル)を命じられ、日本の裁判所で強制執行を求められていた訴訟において、2021年5月25日、最高裁は懲罰的賠償分の強制執行を否定しました。

この事件は、「アメリカで高額の懲罰的損害賠償を日本企業が受けたらどうなるの?」という疑問に答えるため、丁度いい事案です。以下、解説します。

懲罰的損害賠償ってなに?

米国等では、「懲罰的損害賠償」といって、加害者に制裁を加え、将来の同様の行為を抑止する目的のもと、被害者側が被った損害を大きく超える金額について、賠償義務(被害者にお金を支払う義務)が認められることがあります

この懲罰的損害賠償は、近年は中国や韓国においても、知的財産に関連する事件等、一部領域に属する事案について取り入れられており、もはや特異な制度ではありません。

ただし日本では、この懲罰的損害賠償に対して反対の声が非常に強く、導入されておりません。

米国ではどうなるのか?

日本企業が米国において特別扱いを受けるはずもなく、日本企業が米国において、懲罰的損害賠償の支払いを命じられることもあり得ます

最初にご紹介した事案においても、日本企業が米国カリフォルニア州の裁判所において、懲罰的損害賠償(約27万ドル)を命じられていました。

この事案は、簡単に説明すると、原告(カリフォルニア州所在の米国企業)が日本企業に対し、原告のビジネスモデル、企業秘密等を領得したことを理由として、損害賠償を求めたものです。

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米国で敗訴した後、日本でも裁判が?

しかしながら、その後、日本の裁判所での判断がなされています。

裁判は「三審制」といわれ3回チャンスがあると良くいわれますが、米国の裁判所 → 日本の裁判所、と2か国での裁判があるとなると、これは三審制の枠を飛び越えてしまいます。

これなら合計で6回、チャンスがあるといってもいいくらいですよね。

米国の裁判所では勝ち負けが既に確定していたのに、改めて日本の裁判所における訴訟提起がなされたのはなぜでしょうか?

これは、各国における「強制執行の可能性」の問題に関わってくるものです。

米国の裁判所で下された判決に基づき、米国内の財産(預金、不動産等)に対して、強制執行をすることが可能です。

強制執行というのは、預金に対してなら差押えをし、銀行に対して自分の方へ支払えと取り立てること、不動産に対してなら、競売による強制売却でお金を回収することです。

現に最初にご紹介した事案においても、原告は日本企業に対し、米国内での強制執行により、約14万ドルを回収しています。

ただし、米国の裁判所で下された判決をもって、日本内の財産に対して強制執行をするのであれば、また別途、手続きが必要になってきます。。

その手続きは、強制執行の執行判決を得る、というものです。

執行判決とは?

最初にご紹介した事案の、判決文(最高裁)からの引用です。

本件は,被上告人らが,上告人に対して損害賠償を命じた米国カリフォルニア州の裁判所の判決について,民事執行法24条に基づいて提起した執行判決を求める訴えである。

「被上告人ら」というのは米国企業とその設立者たち、「上告人」というのは日本企業のことです。最高裁判決なので、「上告」がなされており、「上告人」「被上告人」と呼ばれているんですね。

「民事執行法24条に基づいて提起した執行判決」と上記引用部分にあるように、民事執行法において、外国裁判所の判決は、日本の裁判所から「執行判決」を受けなければ、日本において強制執行できないというルールが定められています。

ご参考として、以下に民事執行法24条を引用します(読み飛ばしてOKです。)

(外国裁判所の判決の執行判決)
第二十四条 外国裁判所の判決についての執行判決を求める訴えは、債務者の普通裁判籍の所在地を管轄する地方裁判所(家事事件における裁判に係るものにあつては、家庭裁判所。以下この項において同じ。)が管轄し、この普通裁判籍がないときは、請求の目的又は差し押さえることができる債務者の財産の所在地を管轄する地方裁判所が管轄する。

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日本での裁判と懲罰的損害賠償

上記のとおり、外国の判決を日本で強制執行するためには、日本裁判所の判決、いわば日本裁判所の"お墨付き"が別途に必要です。

「執行判決は、裁判の当否を調査しないでしなければならない」(民事執行法24条4項)とされ、日本の裁判所が、確定した外国判決を完全に再チェックすることは予定されていません。

ただし、外国判決の効力は、「判決の内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しない」ことを条件として、日本で認められています(民事訴訟法108条3号)。

そのため、外国判決の内容が、日本の法秩序に沿わないものであるかについて、一定のチェックがなされます

そして、以前から最高裁の判例において、懲罰的損害賠償は、日本においては公の秩序に反するものとして認められず、懲罰的損害賠償部分について執行判決が得られないものとされています。

そのため、最初にご紹介した事案においても、懲罰的損害賠償部分は執行を否定されました。

その結果、米国カリフォルニア州で敗訴した約28万ドルから、懲罰的損害賠償の部分9万ドルは認められないものとしてマイナスされ、さらに既に米国で回収済みの約14万ドルもマイナスし、残額約5万ドルのみに執行判決がなされるべきと判断されました(以下は計算式です。)。

28万ドル - 9万ドル(懲罰的損害賠償) - 14万ドル(米国で回収済み) = 5万ドル

まとめ、そして国際交渉への応用

このように国際裁判では、基本的に、勝訴判決を得た国における財産のみが、勝訴判決に基づき無条件に強制執行が可能です。他の国にある相手方の財産に強制執行をするためには、自国における勝訴判決だけでは不足です。

また、外国の判決をもって強制執行をするためには、執行判決という別途の手続が要りますし、その段階で、懲罰的損害賠償等、その国の法秩序に適合しない内容は排除されることがあります

このことから、例えば国際交渉をするにあたっては、日本に財産のない外国企業に対して、「日本の裁判所で訴えるぞ」「こっちには日本の弁護士が付いているぞ」というのは、有効な威嚇にならない可能性がある、ということもいえます。

交渉は威嚇と懐柔を織り交ぜながら行うものですが、日本の裁判のみでは、外国企業に対して脅威を与えられない(強制執行ができない)以上、「日本で訴えるぞ」では、こちらの本気度が伝わらない、ということです。

そのため外国企業(外国企業の子会社、という意味ではなく、純粋に外国にのみ所在する企業)との交渉においては、日本の弁護士に加えて、現地の弁護士とも連携をとらなければ(例えば、日本の弁護士から現地の外国弁護士を紹介してもらい、連名で交渉文書を発する等)、有効な威嚇を加えて交渉できない、というケースもあるところです。

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