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びっくりのインド ● 38 ● チェンナイへの出張 - Part 3

「 ファーストクラスの座席を予約している 」 という上司の言葉。

しかし私は 「 この ファースト という言葉に期待しすぎてはいけない 」 と自分に言い聞かせていた。
車内に入って最初に思ったのは 「 小さい頃に乗った SL (列車) みたい! 」 だった。

違うのは、 2 人の縦座りのシートが一列に 2 つではなくて、3 人の縦座りが 2 つ、一列に 6 人座れること。
背もたれは直角。

これは非常に理にかなっている。
1 列に 6 人座って背もたれが直角なら、1 車両に多くの人が座れるからだ。

昔々、SL の夜行列車に乗ったことがあるから、この座席配列は許容範囲だ。
しかも、さすがにファーストクラスだから中は綺麗だった。

私がインドで乗った列車に近いものが
YouTube 夜行列車 SL人吉 の動画で紹介されている。
この動画から画像を引用させていただいた。

海外のトロピカルなリゾート地でよくあることなのだが、サービスが過剰で寒い。
暑がりの私がマイアミの映画館では、関西風に言うと さぶいぼ が出た。
私が乗ったファーストクラスも、その列車で唯一冷房がある車両で、とても寒かった。

とは言え、発車して暫くするとこの問題は解決した。
満席の車内が人の体温で適度に温められたから、そして私は 3 人席の真ん中に座っていて、右に体格のよい上司、左にも体格のよい男性が座っていて、彼らの太ももと腕がぴったりと私の身体に密着していたからだ。

もし帰りも飛行機ならインドの景色をこんなにゆっくり見れなかったはず、そう思い始めていたときに、驚きの出来事が起こった。
車両のドアが開いて、飛行機で食事を配るようなカートを押してお兄さんが入ってきた。

えー! 列車でまさかの食事のサービス!

隣りに座っている上司に 「 あれは無料のサービス? 」 と訊いたら、「 もちろん 」 と言う。
これには感激してしまい、ますます列車の旅が好きになってきた。
わくわくしながら待っていると、カレーを渡された。
確かチキンを選んだと思う。
見た感じは、海外へ行くときのエコノミークラスの機内食で、男性の手の平くらいの銀の容器にカレーと米が入っていて、それをアルミホイルで覆っているシンプルなものだ。

果たして… 味は... ?

ない。

南インドのカレーは、味がぼやけているというより、ない。
決して美味しいわけではなかったけれど、乗り物で食べる食事は何故か楽しい。
5 分で平らげた。

わたしは乗り物が好きで、速さよりも景色を選ぶ。
時間が許すなら新幹線は のぞみ でなく こだま に乗ることもある。
「 あ、こんな名前の駅が! 」 という発見も好きだし、下手すると駅に 10 分くらいの通過待ちがあって 3 本の列車に追いこされ、その度に こだま が風に押されるのも楽しい。
飛行機で太平洋を渡るときも起きている間は海を眺めて、たまに大海原に船を見つけると得した気分になる。

その日も列車の窓からインドを眺めた。
あとたったの 3 時間。
そう思ってたら、驚愕の出来事が起こった。

ドアが開いて、カートが入ってきたのだ。

えーーーーーっ!
6 時間の旅でまさかの食事のサービス、2 度目!

感動というより 「 もう一度カレー食べれるの? 」 である。
今度は確かベジタリアンのカレーにしたと思う。

味は... ?

ない。

やっぱり味がない。
3 時間で 2 度の味無しカレーは、ちょっと...。
「 皆、食べれるのかな? 」 と思って見回してみると、食べている。
とても楽しそう。

ファーストクラスの列車の旅、食事のサービス、お喋りをしながら、幸せそうに、皆がカレーを食べている。

私は急に何だか悲しくなってしまった。

あれは美味しい、これは美味しくない、あそこのレストランは美味しい、あそこのレストランは雰囲気がいい、あそこの店員の態度が悪い... と、あれ良い、これ悪い、と批評するのが癖になって 「 食べられる幸せ 」を忘れてしまっている自分に気付いたからだ。

私は田舎の祖母に育てられて、その頃 食べる と言えば、ご飯におかずが一品、チョイスはなかった。
美味しいもなにも、比べるものがないから、それしかなかった。

あるとき日本のテレビ番組か何かでコンビニ弁当の特集をやっていて、開発者が 「我々の弁当は 一口目が勝負なんです 」 と言っていた。
一口目が美味しくないと売れないそうだ。

そういえば、私がずっと気になっていることがあって、それは若い人たちが 「 旨っ、ご飯 何杯でもいける! 」と言うことだ。
それは彼らには 「 すごく美味しい 」 を形容する言い方なのはわかる。
でも逆に考えると、ご飯を食べないといけないくらい味が濃いということだ。
そして、ドリンクを飲む。

コンビニ弁当の販売戦略に慣らされてしまうと、じっくり口の中に広がる出汁の味よりも、一口目にパンチのあるものを美味しいと感じるようになるのだと思う。

私もコンビニ弁当は好きだ。
でも、コンビニ用に味付けされていることを分かっている。
若いときはハッキリした味を好むのが自然だと理解するが、本当に美味しい日本の味を伝えるのは大人の責任だ。

日本では普段そんなことを考えていたのに、カレーを一口食べて即座に味を批評しようとした。
このときの私は、何万人に囲まれているのに自分だけポツンと取り残されているような気分だった。
この感覚は、これから先も絶対に忘れないでおこうと誓った。

チェンナイへ出張することになったとき、「 飛行機で往復させてください 」 と嘆願して、結局は行きだけ飛行機、帰りは列車になったことを、今でも感謝している。

バンガロールに到着する 30 分前、ここまで来ると衝撃、またドアが開いて、お兄さんが入ってきた。

まさか?

… と思ったら、列車の旅の締めくくりは アイスクリーム!
2 度のカレーの後のアイスクリームがどんなに美味しいか、日本の皆にもぜひ経験してほしい。
そのアイスクリームは 1 月でも暑い南インドの熱気の中で配達されたものだ。
一度溶けて、また冷やしたことが丸バレで、流れ出たアイスクリームが固まっている。
「 きっと日本なら 大クレーム だな 」 と思うと吹き出しそうになった。
でもそんなことをいちいち気にしてたらインドではやっていけない。

ほどなくして列車はバンガロールに着いた。

身体のでっかい上司と横幅広めの私が、二人とも大きなカバンを持ってオートリキシャに乗ると、カーブの度にどちらかのカバンが落ちそうになる。
30 分間、ドアも窓もない車に乗ると、着くころには身体もカバンも砂ぼこりだらけだ。

朝出て夕方戻ってきただけの日帰り出張なのに、自分の部屋に戻ったら物凄くほっとした。

日本に帰ってきて数か月ぶりに JR の新快速に乗ったら、車両の中があまりにも美しく、適温で、座席はマシュマロのようにふわふわで、背もたれもちょうどよい感じに傾いていて、「 この列車なら 8 時間くらいの旅は平気だな 」 と思った。

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