妄想:面接

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「上から『ヒトが足りないから雇え』と言われる。現場の適正人材要求は非現実的で回答が一致していない。」でありながらも、採用理想人物像の作成と共有化は一通りできた。2名採用を目指す。

「人物重視」が経営層の要求で「学術・技術重視」が現場の要求。採用理想人物像は八方美人すぎてとりとめがない。案の定、応募は少なく、あったとして「勘違い」の応募がほとんどだ。

双方の都合を調整して漸く面談にこぎつけた当日、代理と自称する人物から面接キャンセルが入る。今日までの面談に向けた稼働は無駄となり、他の要件を後回しにしたことで急ぎの案件は残業するより他はなくなった。

経営層からも現場からも「まだ、人は見つからないのか」と矢のような催促が飛んでくる。まともに受けないように往なしながら応募書類を合否に分ける作業で時間が過ぎていく。

もう、へとへとだなと思った頃、意外なところから「夕食の誘い」が入る。プライベイトで気分転換を図るべく快諾する。自身は転職組で、前前職の同僚からの誘いである。「そういえば、あの会社は今回募集の現場と近い職場があったな。それとなく同業の現状でも聞いてみるか」と思ったのだ。

あれから10年は経ったかな。久しぶりに会う同僚にも同じ時は刻まれただろう。暖簾をくぐり店員に要件を告げて案内された座敷には三名ほどが座っていた。一瞬、誰だか分らなかったが彼女がこちらに手を振る。

あきらかに「リーダー」の様相を呈している。これほどにも人間は変わるのか。あの会社は大きくはないがしっかりした会社である。経営陣の一翼を担っているのではないか、直感で身体が硬直した。

「ご無沙汰しております。」と、思わず硬い挨拶をしてしまう。「なによ!そんな他人行儀な間じゃないじゃない。ご無沙汰ぁ!」と、あの頃と変わらぬ人当たりの良さにほっとする。

「なんだか、ナイスミドルよね。最初、わかんなかったわ。いや、ほんとに久しぶり。お元気でした?」、一つの休みもなくしゃべるテンポはあの頃と変わらない。すこし、時が戻った。

「うんにゃ、あちこっちガタきちゃってしょうがねぇな」。うっかり、タメ口になる。

「あら、あたしもそう。もう、若くないってつくづく思うのよ、この子たちと一緒に居ると」とさりげなく連れの男女に視線を移す。

「はじめまして、専務の御誘いでついてきてしまいました。戸野口と申します。開発部の部長をしております。」、20代にも見える、それでいてその役職を担えるだろう胆力を彼女に感じつつ、会釈で返す。

「ご挨拶遅れました。辰巳と申します。今年入社した新人です。」と、こちらは60代に見える落ち着いていて、顔につやのある初老の男性だ。どこか、相手を引き付ける魅力を持っている。違和感を感じない特有なものを持っている。

「あらァ、うっかり。辰巳さんを前に『もう、若くない』なんてほざいちゃったぁ。」
「いえ、滅相もありません。わたしも、若い人たちの生き血を飲んで生きているだけでして。」
「あぁ、だからそんなに血色がいいのね」、瞬間、一同どっと笑いだす。

白くなった後ろ頭をさすりながら、店員に注文を矢継ぎ早に伝えていく。辰巳のテンポは世間慣れしている。料理が来るまで、戸野口の落ち着いているが存外はしゃいだトーンの今時の話を三人で相槌を打ちながら聞く。

ノンアルコールのビールで再開を祝して乾杯をする。座敷は少し暑いくらいだ。皆は一気に飲み干してグラスをテーブルに音を立てて置く。何年も一緒に居るような空間に座敷が変わっていくのが分かる。

「ウチもさ、ご多聞に漏れず人工知能万能の会社になっちゃた。それでね、辰巳さんに来てもらったの」
「辰巳さんは、"人工知能使い" でいらっしゃるんですか?」と、素っ頓狂な声で尋ねてみる。

「いえ、"使われている" っていうのが本当の話でして。しかし、それでは悔しいので反論につぐ反論であいつらの能力を引き出している体です。」
「辰巳さんの反論は、そこらの若い人にはできない何かがあるんです。だから、人工知能は思わず要所要所をわかりやすく説明するんです。さすがです。」と戸野口が辰巳をほめる。

戸野口は業界としての一般的な話を展開する。あの会社の特性を外さず、かといって機微には触れない。物を伝える能力の高さを座の雰囲気を盛り上げる術として使っている。

専務と言われた前の同僚はニコニコしながら二人の会話に合の手を入れる。そのテンポの良さは、あの時、会社を辞めた頃から鍛え上げられた彼女の筋力のように良く跳ねた。

最近のノンアルコールは心地よく酔える。冷静に聞いていれば、時に重い、興味がなければつまらない話にも頭の中の血流がよくなっていく。やたらに面白い。久々に話の中に身を沈めることができた。

あくる日、相変わらず応募の山に身動きできないところへ前の同僚から連絡が来る。

「あなた、合格よ!おめでとうございます!みんなが、あなたをどうしても欲しいってことになって、待ちきれずに連絡しちゃった!」、電話口の向こうのはずむ彼女がよく見える。

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こんな面接って、あるのかな・・・

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