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データサイエンティストの育成について筑波大学准教授の尾崎幸謙先生に聞いてみた(前半)


はじめに

株式会社GA technologiesの福中です。今、僕は、Advanced Innovation Strategy Center(以下AISC)という部署でChief Data Scientistとして働いています(詳しい自己紹介はAISC WEBサイトのプロフィールをご覧ください)。僕の仕事はいろいろありますが、今回はその中でもとりわけ重要な仕事の1つであるメンバー(Data Scientist)の育成についてブログにしてみようかと思います。

Data Scientist は比較的新しい職業ということもあり、確立された育成カリキュラムは存在しません。日本における大きな動きとしては一般社団法人データサイエンティスト協会が中心となってスキル定義を行ったり、あるいは各社が独自に取り組み、作成した教育コンテンツを公開したりしています。これらの資料は僕も興味深く拝見させていただいています。

また若手メンバーからもキャリアビジョンが上手く描けないことに悩んだり、「ロールモデルが欲しい」といったような意見を持つ人もいるようです。これらはすべてData Scientistが過去の歴史になかった新しい職業だからでしょう。

当然AISCでもメンバーの育成には力を入れており、若手により良い成長を促せるように教育コンテンツを作成しています。しかし、作成している僕自身、本当にこれで良いか日々悩んでおり、常に自問自答しながらコンテンツの改善を行っています。

そこでこのような悩みを一度大学の先生とディスカッションしてみようと思い、筑波大学大学院人文社会ビジネス科学学術院ビジネス科学研究群経営学学位プログラムの尾崎幸謙准教授にご相談しました。

尾崎幸謙先生について

尾崎先生は学生時代、早稲田大学大学院で心理統計学の教鞭をとっておられる豊田秀樹教授の研究室に所属していました。項目反応理論の研究で博士論文を書き上げ、学位を取得されたのですが、その後のキャリアについて聞いてみました。

福中
と、言うことで、まずはご専門などの自己紹介からお願いします。

尾崎
分かりました。
博士後期課程までは早稲田大学にいました。心理学のデータ解析で使われる手法を専門にしていらっしゃる先生のもとで、共分散構造分析や項目反応理論のような、いわゆる潜在変数を扱うモデルの理論的側面を研究していました。

そのあと慶應義塾大学の行動遺伝学を専門にしていらっしゃる先生のところで、ポスドクの時代を4年ほど過ごしました。行動遺伝学は双生児のデータを使い、例えば身長や年収の違いなどの個人差が遺伝の影響と環境の影響をどの程度受けているのかということを研究する学問です。行動遺伝学では共分散構造分析が分析手法としていて使われるので、共分散構造分析の応用分野として勉強してきました。

そこで行った研究がある程度認められたということが背景にあったかと思いますが、国立の統計学の研究機関である統計数理研究所に助教という立場で3年間勤めました。この統計数理研究所にいたときに配属されていた部署が、調査を行ったり、調査方法をいろいろ考えたりする部署だったので、そのころからデータを取得するということに関する関心が高まっていたと思います。

その後、筑波大学に赴任し、統計学を教えたり、あるいはデータ収集に関するやり方を学生たちに教えています。本学は主として経営学の大学院であり、経営戦略論・経営組織論・マーケティング・会計・ファイナンスなどに対して統計的数理的な方法論を使って問題を解決していくということを目指している大学院になります。

尾崎先生のプロフィール

筑波大学大学院人文社会ビジネス科学学術院ビジネス科学研究群について

福中
それで、こちらにはどういう学生さんが来ているのでしょうか?

尾崎
基本的に社会人の方が来る大学院なのですが、業種もバックグラウンドが文系か理系かということに関しても様々です。学生の皆さんがここに来る目的の1つは、自分の行っている仕事に対してアカデミックな考え方に答えを求めてくるからです。例えば会社に22歳くらいで入り、5年から10年ほど働き、その間に自分の取り組んでいる仕事に対して「なぜそれをやっているのか?」や、「それをやることの意義は何なのか?」といった疑問を持った際に本学への進学を考えるようです。

福中
なるほど。僕の知り合いで働きながら博士課程に通っていた人も、主にそのような考えを持っていましたね。その人はフィールドワークを通じた質的研究をやっていたのですが、「自分がやっているやり方が本当に正しいのか?」あるいは「何らかの理論的な説明ができるのではないか?」を追求するために博士課程に進学したと言ってました。

尾崎
そうです。後は問題解決能力のようなソフトスキルを養いたいと考えて来ている人も多いようです。あるいは本学は数理統計的なことに強いということは割と知られており、特にデータサイエンス全盛期なので、統計手法や考え方を学びに来ている人もけっこういます。あとは博士前期課程(修士課程)だけではなく博士後期課程まで進み、大学教員を目指す人もたまにいらっしゃいます。

福中
たまに?割合としては少ないのですか?

尾崎
多くはありませんが一定数いますね。

福中
基本的には実務でデータ解析をする必要があるけど、なかなかうまくいかなくて、専門性を高めたくて来るみたいな感じでしょうか?

尾崎
データ解析の技術を学びに来る人ももちろんいますが、統計的なものの考え方を学びに来る方や、部下が行っているデータ解析の意味を理解したり、データ解析とは何かという点について実感を得る目的で学びに来るマネジメント層の方などもいます。

福中
学生さんは基本社会人という話なんですけど、自分の意志でくる人が多いのですか?それとも会社から行かせられる人が多いですか?

尾崎
ほとんど自分の意志だと思います。会社に了承を取り、働きながら学びに来ている人がほとんどだと思います。

福中
働きながらって、そんなことが可能なんですか?あ、夜ってことですか?夜間とか土日ですか?授業って。

尾崎
そうです。平日の火曜日から金曜日の18:20〜21:00と、あと土曜日にあります。

福中
どのような会社から来ているのでしょう?

尾崎
民間企業の方、公務員の方、大学職員の方など様々です。

福中
なるほど。本当にさまざまなバックグラウンドの方々が来ているんですね。

データサイエンティストの育成について

データサイエンティストやAIエンジニアの中でも特に企業の研究職として働き始めた若手の育成。冒頭でも述べたように、これは本当に難しい課題です。若手自身も自らの成長に悩んでいる人が多いようです。これはデータサイエンティストやAIエンジニアが近年急速に出てきた新しい職業であり、ロールモデルとなる先輩が少ないからでしょう。
それにいったん働き始めると、日々の業務に追われてしまい、なかなか研究力を向上させるための勉強にまで手が回らなくなります。そこも若手が自身の成長に対して焦りを覚えてしまう理由の1つだと思います。
なので、今、データサイエンティストやAIエンジニアを雇用した企業側には、これらの悩みに応えることや将来に対する責任が常に付きまといます。若手の悩みと真剣に向き合い、研究力を向上させるための機会の提供は我々の義務だと僕は思います。
では一般論として、具体的にどのような取り組みが考えられるでしょうか?小さなものから大きなものまで、能力向上に関係しそうなものも含めて一通り例を挙げてみましょう。

  1. 自己研鑽

  2. 独自に考案したデータ分析技術に関する社内研修や社外研修の実施

  3. 論文や書籍の輪講

  4. 自分がやりたい研究の会社からの後押し

  5. 国内の学会や国際学会への参加を推奨する

  6. 大学の科目等履修生になることを推奨する

  7. 修士課程や博士課程への進学を推奨する

  8. 大学との共同研究を推進する

各社で様々な取り組みがなされていると思いますが、一般的に上記8つが考えられると思います。AISCでも上記の1~5までは既に実施しています。

例えば、1.自己研鑽。これはAISCでというよりはGAという会社で採用している福利厚生になるのですが、テックチャージという制度を実施しています。通常、資格取得などの自己研鑽費用として「年間〇万円まで使用可能」というのは多くの企業で存在すると思うのですが、テックチャージでは利用回数や金額に制限がありません。これは大変珍しいのではないでしょうか?AISCのメンバーもこの制度を積極的に活用し、自己研鑽に励んでいる人がたくさんいます。

また、2.社内研修も充実しています。2023年1月現在では、主に新卒1年目向きのものを準備していますが、単に書籍を読ませて終わるのではなく、先輩メンバーが仕事を進めるうえで必要となった知識やスキルを洗い出し、メンバー自身が研修内容を考えたきわめて実践向きなカリキュラムとなっています(もちろんプロのデータサイエンティストが監修し、質の担保はなされています)。この研修課題をこなすことで、統計学やデータ解析を専門としなかった方でも短期間で(先輩の指導の下でなら)仕事を問題なく進められるようになります。

3の論文輪講は2週間に1回のペースで実施されており、メンバーが自分の興味のある論文を読んで内容をプレゼンし、それぞれの分野の最新動向を皆で共有する目的で開催されています。これは自分自身が論文を読むことで研究力の向上につなげられることはもちろんなのですが、実際に発表用資料を作成し、プレゼンテーションスキルを磨いてもらう意図もあります。

4の自己研究の後押しに関してですが、AISCでは10%ルールを用意しています。これは所定の業務時間のうち10%は自分のやりたい研究時間に当てても良いというものです。これを活用して自分で進めた研究がプロジェクトとして認められ、実際に社内ツールとして応用された例もいくつか出てきました。

5の学会参加に関しては、新型コロナウィルス(COVID‑19)の流行のせいでここ2年ほどは自粛していましたが、AISCとして積極的に行っていきたいという意思はあります。実際、過去には何件か発表していました。例えば2020年に開催された第26回画像センシングシンポジウム(SSII2020)では、メンバーの河本さんが「Semi-supervised Learning によるRegion Proposal Networkのアノテーション抜けへの対応」というタイトル(IS3-20)で発表しました。今後は国際学会も視野に入れて積極的に活動していきたいと思っています。

このようにAISCでは、若手メンバーがスキルアップするための環境は豊富に取り揃えていますが、さらに成長を加速させ、メンバーの満足度の向上と「自ら成長する文化」を醸成するためにも6~7の可能性について尾崎先生に聞いてみました。

後半に続く


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