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僕と夏と将棋とおじいちゃんと

”近所にいる将棋が強いおじいちゃん”というものに恵まれなかった小学校の頃の僕は、父親に車で送迎してもらい、隣の市の将棋教室に足繫く通っていた。同年代の子と将棋の腕を競うのはとても楽しかった。そんな僕に、初めて”近所にいる将棋が強いおじいちゃん”が現れた。もっとも僕の家の近所ではなく、祖母の家の近所だったが。僕が将棋にはまっているという話を聞きつけた僕の祖母がたまたま将棋ができる人物を見つけたようだ。それが祖母の家のすぐ隣に住むおじいちゃんだった。生まれる前に実の祖父が亡くなってる僕にとっては、おじいちゃんという生き物はレアキャラだった。
夏休みになると、祖母の家に泊まりに行くことがよくあったが、そのたびにそのおじいちゃんの家に通い、将棋を指してもらっていた。当時の僕は初段に満たないくらい、3級から1級くらいだっただろうか。勝率はかなり悪かったが、一局でも多く勝ちたくて、夏休みに向けて日々腕を磨いていた。



僕が菓子折りを持って祖母の家のすぐ隣にあるおじいちゃんの家のピンポンを鳴らすと、おばあちゃんが出てきて、「あら~良いのに~」なんて言いながら、「暑いでしょう、早く入って」ってクーラーの利いた畳の部屋に案内してくれる。おじいちゃんは足が悪いのかちょっとした椅子に座っている。壁にはお孫さんだろうか、可愛い女の子の七五三の写真が飾ってある。夏の強い日差しをカーテンが遮ってくれて部屋の中はまさに将棋日和だった。「私は邪魔になっちゃうわね」とおばあちゃんが席を外すと、おじいちゃんが「やるかぁ」と言って、二人で駒を並べ始める。

僕もそのおじいちゃんも口数が多い方じゃない。そもそも対局中のマナーとして、お互いに声は発さないので当然と言えば当然だが、お互いに何も言わずに駒を動かす時間が続く。それでも、盤の上で駒を通して会話するのだ。
「ちょっとこれは攻めすぎじゃないかい」
「そんな手があったのか…」
「その陣形にはスキがありますよ」
「そんな攻め筋を覚えたのか」

そんなこんなでずっと将棋盤に没頭していると、あっという間に時間が過ぎる。何局指したのかわからなくなってきたころ、おばあちゃんが「そろそろ休憩したら?」って、フルーツとお菓子なんか持ってきてくれる。さっきまで重労働を強いられていた脳は強烈に糖分を欲している。このおやつはすごく美味しかった。
このおやつの時間は三人で話す時間でもあった。とはいっても、おばあちゃんが僕に質問して、僕がそれに答えるだけだったのだが。
「いつまでこっちにいるの?」
「今日は何してきたの?」
「学校は楽しい?」
などなど。
おやつを食べ終わり、会話もひとしきり終えた後、また「やるかぁ」と言って、盤に駒を並べ始める。
将棋の良いところはどれだけ年を取っていようが、どれだけ若かろうが盤を挟んで座れば駒を動かしながらコミュニケーションが取れるところだと思っている。その指し方にも個性が表れるのだ。駒の並べ方、持ち方、どんな戦型を選ぶか、攻め将棋、受け将棋、どちらから仕掛けるか、どの程度駆け引きをするか。もちろん指している間はそんなこと考えている余裕はないのだが、終わってみると、相手の性格や考えなどが盤に残っていることは多々ある。無言の駆け引きを続ける僕とおじいちゃんも駒を通して会話していたような気がする。どっちが勝っても、軽い感想戦を挟んで指し続けていたので、今となってはどうやって終わらせたのか全く記憶がないのだが、多分おばあちゃんが「そろそろ帰らないとお家の人が心配するわよ~」と言ってくれたのだろう。



いつだったか、「うちの孫は将棋指してくれないからなぁ」とおじいちゃんが少し苦笑いをしながら言っていた。将来、僕に子ども、孫ができたとしたら、僕も将棋を指したいと思うんじゃないだろうか。いや、確実に思う。
うぬぼれかもしれないが、おじいちゃんもお孫さんが将棋を指さない分、僕が将棋を指してくれることが嬉しかったのではないかなと思う。
先ほど、その人の将棋に個性が表れるという話をしたが、将棋を通して成長が感じられる瞬間もたくさんある。自分に子供や孫がいたとしたら、いつかは負けたいと思うだろう。そのおじいちゃんも、僕が勝った時、表情を大きく変えなかった。当時、もう少し悔しがって欲しいなと思ったのだが、内心嬉しかったのかもしれないなと思うようになってきた。


今はもう対局することはできないが、こんな風にnoteに思い出として残すことができて僕は嬉しい。おじいちゃんの家にあった駒と将棋盤も僕がもらうこととなり、家に保管してある。人と対面で対局することがなくなってしまったので、あまり使うことがないけれど、久々に引っ張り出してみようかな。

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