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感情をコントロールするのは難しい-オルタネート第七話感想-

小説新潮にて連載中の加藤シゲアキさん作「オルタネート」の感想です。

今回は尚志くん、蓉ちゃんの物語がメインでした。どちらからも「勢い」を感じて、あっという間に読み切ってしまいました。読み終えた後の全力疾走感を、今でも覚えています。



18 焦燥

自鳴琴荘の人たちと交流を深めていった尚志くんはその後音楽スタジオ「ピピ」でバイトを始めていた。深羽ちゃんへ連絡先を渡した尚志くんはその後何度か電話はしたものの、「声が聞きたい」という理由で電話をかけられる程の図々しさはなく、段々フェードアウトしていってしまった。
この後、後半でも深羽ちゃんのことが書かれるのですが、読み進めて思ったのは、尚志くんから深羽ちゃんへの気持ちが恋愛感情というより、神へ縋っているようにも見えました。極端に言えば信仰のような。


文化祭シーズンが近づき、ピピには円明学園の生徒がバンド練習の為やってくるようになった。ただ尚志くん曰くひどい演奏で、それを知ると安心したとのこと。
尚志くん性格悪いなーと思いながらも、ちょっとその気持ちは分かる…勉強にしろ芝居にしろ、自分の方が上だと知ると安堵した経験がある私もなかなか性格が悪いなと思いました。
また、今回のタイトルにもある「焦燥」の文字がこの時頭に浮かびました。


ある日、尚志くんはバイト先の先輩から自鳴琴荘の住人・坂口さんのバンド「ホタつじ」がメジャーデビューする、しかし坂口さん本人は最近荒れていると聞きます。
バイトを終え帰宅すると、女子大学生のマコさんと作詞家志望の憲一くんが餃子を作っていました。三人で作った餃子を食べている時、スウェットのパンツがすり下がった坂口さんがやってきます。「食べてくれないか」という憲一くんに対し、「いや、大丈夫だわ」と片方の口角を上げながらいう坂口さん。

そのやり取りを見た尚志くんは、立ち上がり手を叩き、大声で「メジャーデビューおめでとうございます!」と。


坂口さん、多分、とても嫌な言い方したんだろうな。口角を上げてた彼を見て、尚志くんは自分たちが見下されているように感じ取ったのかもしれない。
でも同時に、自分より下手な演奏をする高校生を見た尚志くんも、もしかしたらこの坂口さんと似た表情をしていたんじゃないかなとも思う。


おめでとう、でも揉めていると聞いた、メジャーデビューが決まったのにマリッジブルーなのかと立て続けに言い、極め付けにこう言い放ちます。

「酒飲んで現実逃避やなんて。(中略)ずいぶんとかっこよろしいライフスタイルすね」

尚志くんの言葉から感じ取れる嫌味を受け、坂口さんは彼の頬を打ちます。それを皮切りに、二人はマコさんや憲一くんもいる中で殴り合いを始めます。
読んでて、頭の中で怪我が増えていく姿を想像して痛ましかった…殴り合い、というか最早乱闘というか。一歩間違えたら大怪我になるのでは!?レベルでの描写にハラハラしました。餃子と零れたコーラと汗と血の匂いが文字から本当にしてくるようでした。

馬乗りになって殴りかかる坂口さんはまるで癇癪を起した少年のように見えた尚志くん。かわいそうだと思った瞬間、その顔に自分の顔が重なり、やがて豊くんや弟、父、祖母、死んだ母になっていった。


ここでもまた焦燥の文字がよぎります。


今の尚志くんを殴る坂口さんに、昔のツンとした汗の臭いを放っていた自分が重なる。残る力を振り絞り坂口さんの髪を掴んで言った「逃げてんなや」はまるで自分自身にも告げているようにも見えました。殴ることで、尚志くんの中にある焦燥は打ち砕かれたのかな。



尚志くんが目を覚ますと、辺りは元通りになっていてマコさんが座っていて、けどそこに坂口さんはいませんでした。
自分の体に鞭を打ってシャワーを浴びた後、坂口さんが一番心を開いていたトキさんへ電話し、起きたことを説明します。するとトキさんは、坂口さんが前のバンドでドラムが叩けなくなったことを教えてくれました。
丁度軌道に乗った頃に叩けなくなった記憶が、もしかしたら今また蘇っているのかもしれない。けれど、そんな彼に出来ることはない、坂口さんの他に坂口さんにはなれないからと言い放ちます。


「できて当たり前だと思っていることができなくなるという経験は、初めからできないよりもよっぽどしんどそうだ」

今の尚志くんは殴られた痛みで思うようにドラムが叩けません。でも、坂口さんの”叩けない”はこういうことではない。デビューが決まった坂口さんを支配する得体のしれない「焦燥」が、彼の自由を奪っているのかもしれないと感じました。


マコさんが尚志くんの元へやってきて、坂口くんの気持ちが少し分かると話します。尚志くん以外ここにいる住人は大学生で、その先のことがわからないからこわいと。そして私も坂口くんも、みんな尚志くんの純粋な渇望に自分自身を重ねていると。
尚志くんから見れば、余裕のある彼らの方が羨ましいと言いますが、マコさんが尚志くんを羨む気持ちはちょっと分かる気がします。大人の方が自由に見えますが、その自由さが逆に不安な時の方が多いように思います。年齢を重ねるって難しいんだな…。


そんな尚志くんにマコさんは顔を近づけて唇を重ねます。
お……おおおお……ドキドキする…けど、どこか悲しくも感じました。きゅんきゅんともまた違った気持ちになります。


マコさんが去った後、尚志くんは布団を被り深羽ちゃんの弾くパイプオルガンを懸命に思い出します。が、その音は時間と共に徐々に薄れてしまい、思い出せなくなっていました。

「どこ行くねん。ここにおってや」

その想いは虚しく、尚志くんの中にいる深羽ちゃんは音の鳴らないピアノを弾き続けていました。 

なんだか、こっちにとてもきゅんとしてしまった…けど、最初に書いた通り、まるで神様に縋っている少年のようにも感じました。


「焦燥」は、尚志くんや坂口さんだけでなく、マコさんやトキさん達にもじわじわと侵食しているのかもしれません。



19 対抗

ついに、ワンポーションが始まりました。
審査を通過した蓉ちゃんと後輩のえみくちゃんは生放送の出番前、昨年蓉ちゃんと組んだ澪先輩へ連絡をします。澪先輩は文化祭の準備をするダイキたちと一緒に見守っていました。そしてそこには、期間限定で園芸部に入っている凪津ちゃんの姿もありました。

舞台裏で待機していると、そこにはもちろん三浦くんもいましたが、彼は蓉ちゃんを一瞥しすぐに視線を逸らします。三浦くん…まあ、公私混同はしないという意味では正解なんだろうけども…どうしても前回、きつい言い方をしていたことが引っかかってしまうよ。


そして番組がスタート。
ここからのテンポ感が凄まじく、本当にテレビ番組を見ているかのようで一気に読み進めてしまいました。この疾走感というのは、芸能活動もされている加藤シゲアキさんだからこそなのかもしれません。


予選の食材は卵。そしてテーマはなし。あえて設けず、各々で決めてもらいたいとのこと。

戸惑う学生たちをよそに、調理が始まりました。

親子、誕生、スタートなどテーマが浮かんでいく中、二人は焼いた卵の上に、卵を使わずに作るオランデーズソースをかける料理で攻めることに決めました。
卵を殻ごと炭火で焼くという新しい調理法と、普通ならば卵を使って作るソースを卵を使わずに作る。つまり「卵の新たな可能性と、卵を使わない可能性」というテーマで進めていきます。二人ともよく思いついたな…!


と同時に、加藤さんの料理のレパートリーの豊富さにもおおおおと唸りました。なかなか卵を殻ごと焼くというアイディアは浮かばなかったです。想像もしたことがなく、純粋にどんなものになるのか気になりました。



蓉ちゃんが卵を炭で焼く間、えみくちゃんがソースを作ります。この卵を焼く工程がなかなか繊細な作業で、ムラが出ないよう転がし続けないといけないし、焼き加減に集中する必要があるのでそれ以外のことに気を取られてしまうとすぐに失敗してしまいます。

そんな中、司会者と審査員が各キッチンをインタビューしながら見て回り、蓉ちゃんたちの元へとやってきました。ソースを作るえみくちゃんに学園へ入学したきっかけや、チームワークについて質問していきます。こういう時に全世界で配信されていることを理解しサラッと答えるえみくちゃんはやっぱり頼もしく、同時に蓉ちゃんの前で時折見せる素直すぎるが故の子供っぽさがまた可愛いなと思いました。好きだなあ。
蓉ちゃんも同様にいい関係が築けていると答えた後、司会者はもっといい関係の相手がいたのではと切り込みます。

「三浦くんと恋仲だったんですよね?」と。


二人が交際に発展するまでのこと、そして本線出場が決まったことで”一旦距離を置く”ことまで話す司会者。観客席や審査員からは驚いた声が聞こえてきます。
どうにか場を収めようと、「気を抜かず、自分らしく戦いたい」と当たり障りない切り返しをする蓉ちゃんですが、内心動揺していました。この話題は触れられないと思っていたし、距離を置くではなく”別れた”と電話で伝えたのに、結局はこうして利用されてしまう。

悪意はなくとも、こうしておもちゃのように人の繊細な気持ちを利用する番組サイドに読んでいて嫌悪感を抱きました。でも実際書いているのがその業界で生きている加藤シゲアキさんなのだから、挑戦的のようにも見えます。勝手ですが、何かの訴えのようにも感じました。


三浦くんたちにも同様の質問を投げかけますが、「寂しい気持ちはあります。しかし彼女の意見を尊重したい」という答えは、なんだかもやっとするよ三浦くん!まるで被害者のようにも見えてしまって、どうしても彼への不信感が募ってしまう。そもそも、運営に話した(話すことを承諾した)のは三浦くんじゃん…
対して、運営に二人のことを話した相棒の室井くんは、蓉ちゃんとの出会いで彼の料理の幅が広がった、けどそれを認めたくないんだと話します。蓉ちゃんのことも三浦くんのことも、第三者がぺらぺらと話すんじゃないよ!


卵へ集中しようとも聞こえてしまう外野の声、好奇の視線。炭火のようなそれらを浴び、殻を張っていても中身はどんどんぐちゃぐちゃになり、一線超えると一気に固まってしまう。
繊細な焼き卵はまるで蓉ちゃんそのもののように見えました。


えみくちゃんからの呼びかけで我に返りましたが、その時には既に卵に火が通りすぎていて、使えそうなものは少なくなってしまいました。

自分が動揺したせいだと力を失くしてしまう蓉ちゃん。しかしえみくちゃんは諦めず彼女を引き起こし、残った卵だからできる料理を作ろうと鼓舞します。本当に頼もしく、格好いい後輩で相棒だよ、えみくちゃん…!!

蓉ちゃんは頭をフル回転させ、出来上がったソースと卵からあるレシピを思いつき、残り僅かな時間で作っていきます。ここのスピード感が読んでいてまたわくわくさせられました。思わず手に汗を握ってしまうような、何とか無事完成してほしいと願いながら読み進めていました。



そして時間ギリギリで完成させた料理は「ポテトサラダ」テーマは「可能性」
奇跡的に出来上がった焼き卵にじゃがいも、玉ねぎ、ベーコンを合わせて作っておいたオランデーソースで仕上げていました。想像しただけでも美味しそう。

審査員からの評価はまずまずでしたが、昨年のワンポーションで蓉ちゃんに「ガイドブック通り」と告げた益御沢さんは「もっと違うアイディアがあったんじゃないか」と鋭い部分を指摘します。彼はこれが失敗から生まれたものだということを見抜いていました。
しかし、「その機転は褒められるべきだろう、この味を嫌いではない」と続けます。が、最後に「ここで最後まで残る料理人は、初めから失敗しない人たちだ」と告げます。
厳しい…けれど、その通りだな。自分の手を強く握るえみくちゃん、奥歯を噛み締める蓉ちゃん。そんな様子から悔しさが伝わってきます。  



最後に三浦くんたちの料理が運ばれてきました。そこにはなんと、焼き卵が。蓉ちゃんたちとは違いオーブンで焼き、中身には黄身ではなく生の卵黄と火の通った黄身、うにを合わせたソースを詰め込んだ一品。
流石前回王者とも言える完璧なプランで、他の学生には全員噛みついていた益御沢さんも「特に話すことはない」のみ。これは果たして良いのか悪いのか分からないけど、とにかく審査員からの評価は上々でした。

たまたま同じ調理法で挑み、相手はそれを完璧に仕上げた。実力の差を目の当たりにする蓉ちゃん。



そして結果発表。
蓉ちゃんたちは準決勝への進出は叶いませんでした。


自分のせいでだめになってしまったことを謝る蓉ちゃんに、目を赤くしながらも耐えて背中をさするえみくちゃん。自分は来年も挑戦すると伝えます。
こういう場面は読んでいて胸が痛くなります。大会で触れないよう三浦くんとのことも終わりにしたと伝えたのに、結局公にしてしまうし…。ちょっと外野の余計な言葉はいらないんじゃないか、大人たちよ…。悔しさと、虚しさが募ってしまいます。

三浦くんたちは当然というべきか、準決勝への切符を手にしました。



しかし、ここでもう一つ発表が。
敗者復活戦という形でもう一度戦い、一校のみ準決勝に進めるシステムが今回から導入されたそうです。

突然のことに戸惑う参加者たちをよそに、次の食材が明かされます。
食材はチキン、先ほど卵でプレゼンしたのと同じテーマで作るというのが条件です。

まだ状況についていけていない蓉ちゃんの背を強く叩き、「しっかりしろ!次で本当に最後なんですよ!」と強く告げるえみくちゃん。こういう場面にもすぐ対応して、尚且つ相手を鼓舞することの出来るえみくちゃんの株がぐんぐん上がる一方です。いいコンビだと思う。

蓉ちゃんも気を取り戻し、食材と向き合います。
二人のテーマは「可能性」。ここからどうするか考えていると、蓉ちゃんはある大胆なアイディアを思いつきます。自信があるとは言えない、けど驚かすことなら出来るかもしれない。
えみくちゃんに話すと、彼女も不安そうでしたが攻めよう、出し抜こう!と気持ちを奮い立たせました。


蓉ちゃんが思いついたアイディアはなんなのか、めちゃくちゃ気になる!
奇想天外なものみたいだけど、それはえみくちゃんとの関わりの中で生まれたものなのかもしれません。「ガイドブック通り」の自分じゃ出来なかったことが、えみくちゃんとの出会いから新しいものが生まれそうで、次回が楽しみです。




尚志くんと坂口さんとの喧嘩も、ワンポーションも疾走感があってスラスラと読んでしまいました。この感想を書いたら続きを早く読もうと思います。


それにしても、今回は餃子や卵料理といいお腹がすく話でした。

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