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ヤマザキマリの世界展 溯洄する女史

写真は「女髪と機械仕掛けの 風 アネモイ
 ヤマザキマリ 作『テルマエロマエ 2巻表紙原画』 を撮影
 場所:かわら美術館

 2024/04/28 (日)
 何かと昨今私の周囲にイタリアが渦巻くわけですが、この日もそうだった。『ヤマザキマリの世界展』に当人が登館し、話を聞けるとのことで私は喜び勇むが直ぐにそれは窄まった。知った時には観覧応募締め切りは過ぎ去り、悔やみ拳固を握りしめ、人脈、コネ、公的権力を強く欲した。
 漫画『テルマエロマエ』は映画化もされ、その著名度は全国区に到達したが、私は氏について知ったのはわりかし遅く、数年前ここ高浜市の酒屋の帰りたまたま点けたラジオにて近代欧州ナポレオン前後についてが取り上げられ、それを耳にした私は楽しいものと出会うと生じる独語を炸裂させ、車中傾聴ドライブ。当時プロセインがナポレオンに蹂躙された時代のことを調べていたこともあり、そうなるともう気にかかり、帰宅後ラジオ番組欄でヤマザキマリという雅号を認知し、以降意識していった。

「もっと早く知りたかった……」 自らの目で自らの耳で氏と対面したい思いは収まることを知らず、柔らかさを失したクリームパン状の握った拳を見つめ「パワー……」と、暫時たる思いを溢す。悔やみ涙滴泣き時雨であるが、何時迄も滲んでいても仕方がない。俺は制御出来ない水彩のような画材は嫌いだ。そこで何か出来ることはないかと、握った手を開いては結び、開いては結びながら考え始めるとマザーブレンが高速演算を始め、解決策を叩き出す。
 結果はこうだ。氏はイタリア在住。つまり来るなら海向こうからだ。海岸にて陣を張れば自ずと邂逅する。飽くまでも偶然ということを装い、恐怖を覚える熱心なファンとならないように努め、作家の警戒心を回避。さすればサインを頂くことも可能。ポジティブな未来予測に従い、では行こう。海に。私は人生で初めての有名人入り待ちを試みた。

・海岸 現着
 現地に着いてみればなんてことはない。眼科に広がる砂浜を目にし「海だね」という感じがした。磯の香りと人々の数。彼らは潮干狩りで俺はマリの入国待ち。しかし、船やジャンボジェットは待てど暮らせど一向に現れる様子はない感じだ。
「何時だよ。入り」 知らねえよと心内にて自らの問いに応じていると……そこに「ハマグリなんておやへん」聞いてもいない情報を脈略なくぶつける御仁が現る。年老いた男性。姿は甚平スタイル。あまりにも唐突。文脈に甘えない文体。突発の問いかけ。ゲリラ豪雨のような言霊の飛礫に些か我が過去を思い、懐かしさに沁みる。
「ふふ、爺さん。嫌いじゃないよその感じ」 翁は漁師か何かだったのだろうか、ハマグリの漁獲高を予測する言葉を繰り返し、その片目は焼き魚のように白く濁っている。私は旅先にてこうした、なんというか……土地に根付いた地霊や道祖神のような方々と出会うということは結構あり、今回もそうした一つなのだろうと分析。
「ハマグリなんておやへん」繰り返絵される言霊。これを無碍にするのは野暮か。俺は坐禅を組み精霊との交信を試みる。
「彼らは行為を求め、結果に重きを置いていないのでしょう。家族の思い出として潮干狩りに」と、諭す最中、精霊は「おやへん」と、私のターンに被せる。トークイベントとしては一寸それって狡くねえと思ったが、一呼吸置き、深く頷く姿を地霊に見せ、場を後に。

「潮が招く匂い。風。そして季節」 無常を想い砂浜沿いに走る堤防、その上を歩き浜向こうの風景を展望。鉛色の海に砂色と日除け傘が色を生えさせ、人々は変形型の前屈姿勢でピッチフォーク状の鋤で砂を掻き、晩春と初夏の狭間を一喜一憂。それって園児の砂遊びじゃん。
「ハマグリなんておやへん」懐かしの声よ再び。高台から失礼を承知に声主を見下ろすと、精霊は各家庭の漁獲量調査を巡回。活況と海の恵みの均衡を鑑み「水が汚い」と、憂いだ言霊を加えた。川から海を目にすると、因果応報を可視化したように思えてくる。民よ先達の声を無碍にするなかれ。あ、あと、薄々判っていたんだけど、この海岸からマリって上陸しないよね。ではそろそろ潮時。俺は入り待ちを諦め、渚を後にした。
"Ci penso un po' e tornoチ ペンソ ウン ポ エ トルノ(ちょっと考えてまた来ます)"
☆メモ:はまぐりはもう居ない。

 2024/05/12 (日)
 あれから約半月後、鮭の息子こと俺は海から川に戻るように、漸く美術館に戻り着くのだった。『ヤマザキマリの世界展』の鑑賞にやって来たわけだが、早速トラブルに襲われる。少し離れた駐車場に車を駐め、紙コップコーヒーを手に掴むとどうやら蓋の締め付けが甘かったようだ。
「あれ? 誰か俺にガンマ線照射した?」致死的な宇宙線を浴びた記憶も、ほうれん草の缶詰一気飲みの記憶も無いのだが、起きたことは触れた物を全て破壊してしまう怪力のジレンマに極似。液体容器の強度を担う蓋という一種のフレームを欠損した上で、掴む握力は通常の力でもメガ握力換算。

「こ……これは?」

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